【Old Story】少し前の話をしようか


【Old Story】少し前の話をしようか

 

サンシーロでACミラン相手に6対1

 

 

この試合は1996-97シーズンだからもう20年以上も前に遡る。

 

でもボクの記憶はここで止まっている。いや止まっているのではなく「いつでも巻き戻せる」と言う表現が正しいのかもしれない。ユーゴビッチが決めた2ゴールも、ビエリがバレージを振り切ったシーンも、それこそシモーネに決められたビューティフルゴールさえも全て覚えている。たしか途中で頭にきたミラニスタが発煙筒を投げ込んで一瞬試合が中断したんだっけ。あれは、ボクにとって史上最高の試合だったし、ユベントスと言うチームにとっても歴代最高の試合のひとつであると信じている。

 

 

知っている方も多いと思うが、僕は1995-96シーズンからユベントスの応援を始めて、2008-09シーズンくらいまでコンスタントに試合を見ていた。そしてその後少し離れて今シーズンからユベントスの試合を見ている。だから間に7〜8年くらいのブランクがあって、昔話となるとそれこそ15年とか20年位前の話になってしまう。ただ、さすがに月ユベでそのネタを前面に出すことは、私が離れていた間にユベンティーノになった方々に失礼にあたるのであまり記事にしないが、Twitterで話題にすることはある。すると、そこに喰いついてくれる方のいることいること(笑)。そしてボクはふと思った。昔から知っている方には”思い出のより所”として、そしてその時代を知らない方には”昔のユベントスを知ってもらう機会”として、何か記事にしたら面白いんじゃないか、と。

それこそボクが20代の頃の話になるからひと昔、いやふた昔前の話になるけど、もし時間が許すならば少しだけタイムスリップに付き合って欲しい。

 

ボクのOld Storyを聞いてくれ。

 

 

 

ボクのアイドル

ボクの永遠のアイドルはユーゴビッチだ。

ロベルト・バッジョでもなくデル・ピエーロでもなくジダンでもなくユーゴビッチだ。ユーべに在籍したのは1995-97のわずか2シーズンだったが、ボクの心を奪うには十分すぎる時間だった。その巧みなテクニックにどのポジションでもこなせるユーティリティ性。今も昔もユーゴビッチを超えるプレーヤーは出てきていないと思っている。ジダンだってメッシだってクリスティアーノ・ロナウドだって、ボクにしてみれば2番手以降の選手なのだ。

1996-97シーズン。ボルドーから加入したジダンはユベントスでの活躍により、「ボルドーのジダン」から「世界のジダン」になった。それくらいジダンのプレーは輝いていた。ただ、その傍らにいつもいたのはユーゴビッチであり、ジダンがトップ下で自由にプレーする為に生じるリスクを全て背負い、そして全てを消化した。ユーゴビッチがいたからこそジダンは自由にプレーでき、ユーゴビッチのスキル(戦術理解度も含む)が高いからこそ相手もジダンだけに集中する訳には行かなかった。ちなみにボクはいまだにユーゴビッチの本職がどこだか知らない。いや知る必要がないのだ。中盤である事は間違いないが、サイドでもボランチでもトップ下でもあれだけ高パフォーマンスを見せられればポジションなんか関係がない。ユーゴビッチの「本職」の話をすること自体がナンセンスなのだ。

そしてユーゴビッチに関してはこんな逸話が残されている。1996-97シーズン終了後、ユベントスはフロント主導でユーゴビッチ、ビエリ、ボクシッチの主力3選手を放出したが、ユーゴビッチに関してだけはリッピが激怒した。後にリッピがインテルの監督に就任した際にユーゴビッチを呼び戻したことからも分かる通り、名将リッピにしてもユーゴビッチは替えの利かない選手だったのだ。その話はユーゴビッチの価値を示す物語として、ボクはずっと覚えている。

 

 

唯一無二のファンタジスタ

観客を魅了する事のできる選手はいるしスーパースターもいる。でも「ファンタジスタは誰?」と聞かれればこう返さぜるを得ない。

 

デル・ピエーロ以外に誰がいるんだ?と。

 

 

デル・ピエーロがユベントスに加入したのは1993-94シーズン。当初はロベルト・バッジョがユベントスでもイタリア代表でも背番号10を背負い、デル・ピエーロはポスト・バッジョ候補でありまだ場所は確立されていなかった。しかしデル・ピエーロに転機が訪れたのは1994-95シーズン終了後。ユベントスはロベルト・バッジョをACミランに放出したのだ。これによりデル・ピエーロはユベントスで背番号10を背負い(確かこのシーズンから背番号が固定になったと覚えているが)、ユベントスの象徴的な選手となった。そこから2シーズンかけ、デル・ピエーロは急成長を遂げてユベントスでの地位を築いていった。そして迎えた1997-98シーズン、デル・ピエーロはファンタジスタとなった。相手にドリブルで仕掛ける姿勢、抜きんでたスキル、そして何といっても左45度デル・ピエーロ・ゾーンからのゴール。全てで彼は特別だった。このシーズンはインテルと最後まで優勝を争い、そしてインテルには怪物ロナウドがいて、それがまた舞台を華やかにした。今で言えばメッシとクリスティアーノ・ロナウドの関係だろうか。最後の最後までチームは優勝争いを演じ、シーズン終盤の直接対決では歴史に残る死闘を繰り広げた。そしてこのシーズン、ユベントスはスクデットを獲得し、デル・ピエーロは名実ともにスターに、そしてイタリアを代表する選手となった。

あれから時間が経過し、デル・ピエーロはオーストラリア~インドに渡りそして引退した。ボクは今でも悔やんでも悔やみきれない。その時間にサッカーを見ていなかった事を。その為にデル・ピエーロに「お疲れさまでした」と言えなかった事を。叶うか分からないが、ボクはいまこう願っている。いつかデル・ピエーロがユベントスに戻り、ボクの唯一のファンタジスタに”お帰りなさい”と声を掛けたい、と。

 

 

マルチェロ・リッピと言う名将

ボクがユベンティーノになった時、監督はリッピだった。その時のユベントスは勝負強く、負ける試合を引き分け、引き分ける試合を勝ちに持ち込んだ。そしてそのチームを指揮していたのがリッピだ。古いファンの間では「葉巻」の愛称で親しまれているように、試合中に葉巻を吸っていたと覚えているが(本当に吸っていたかは忘れたが)、その一本筋が通った姿がボクに安心感を与えてくれたし、どんな試合でもリッピがいれば勝てると思っていた。それだけにチャンピオンズリーグ決勝でドルトムントに完敗した時はショックだったし、ユベントスでも負ける事があるんだ、と思った事を今でも覚えている。それくらい、リッピはユーべを勝たせてくれた。

いまでは中国代表の監督を務めており、日本代表との国際試合ではその姿を見る事も出来るのはボクにとって小さな喜びである。もうすぐ70歳になりもうユベントスには戻ってくることはないかもしれない。それでもボクの中ではユベントス最高の監督だ。

 

 

雨のレナトクーリ

1999-2000シーズン、最終節で対戦した相手は残留も決まっていた格下のペールジャ。会場となったペルージャのホームであるレナトクーリには試合開始前から大粒の雨が降り続いていた。「引き分けで優勝」の条件だったものの、0対1で敗れてラツィオに逆転優勝を許した。この日、ボクは新婚旅行でイタリアに向かっており、残念ながらフライトの関係で試合は見れなかったが、空港からの移動のタクシーの中で運転手に、「Juventus lose」の言葉を聞いて愕然とした事を覚えている。

いまでは新婚旅行の良い思い出だ。

 

 

カルチョ・スキャンダル

2005-06シーズン終了後、突如ユベントスの八百長が発覚してセリエBに降格する事になった。月ユベでは冗談で八百長と言っていた事はあったが、まさか現実になるとは思わなかった。ただ、今でも覚えているのはそれほどショックでもなかった、と言う事。月ユベ的にはおいしい、と言う計算はあったかもしれないが(笑)、その時に改めてボクにとってユベントスが戦う舞台はそれほど重要ではない事に気付いた。

そしてセリエB降格が決まると、ファビオ・カペッロ、イブラヒモビッチ、カンナバーロ、ザンブロッタと言った監督・選手がチームを後にしたが、それ以上に主力と言う主力がチームに残ってくれた。デル・ピエーロ、ネドヴェド、ブッフォンなど、当時は現役バリバリの選手たちだ。そしてセリエBで迎えた2006-07シーズンはカルチョスキャンダルの制裁により「勝ち点マイナス9」でスタートしたものの、見事優勝を飾り1シーズンでセリエA復帰を成し遂げた。

ちなみに、そのシーズンの監督を務めてくれたデシャン監督、そしてセリエBでの試合を放映してくれたスカパーには今でも感謝している(セリエB初放映の試合のDVDが残っているので、いつか毒者プレゼントしたいと思っている)。

20年に1度くらいはセリエBを味わうのも刺激があっていいかもしれないな(笑)

 

 

わずか3人のゴールキーパー

ボクがユベントスを見るようになってから、正ゴールキーパはわずか3人。アンジェロ・ペルッツィ、エドウィン・ファン・デル・サール、そしてジャン・ルイジ・ブッフォン。

中でもやはりブッフォンはボクにとって特別な存在だ。1995-96シーズン、当時最強を誇っていたACミラン相手に17歳で鮮烈なデビューを飾り、パルマで十分な実績を残して2001-02シーズンからユベントスに加入した。ユベントスでも安定したパフォーマンスを見せつけた事により移籍の噂もあったし、それこそ今の時代で17年も同じチームでプレーするなんて奇跡に近い。しかし、ブッフォンはずっとユベントスにいて、ずっとユベンティーノの心を掴んでいる。今シーズンはブッフォンにとって現役最後のシーズンになるかもしれない。残念ながらワールドカップ優勝の花道は途切れてしまったが、まだチャンピオンズリーグが残っている。ブッフォンの為に何としても優勝して欲しいと願っている。

 

「康介さんを手ぶらで帰らせるわけにはいかなかった」

これは2012年ロンドンオリンピックで、水泳個人種目でメダルを獲れていなかった北島康介の事を思い、400mメドレーで銀メダルを獲得した直後に後輩の松田丈志選手が発した言葉だ。

 

 

いまボクは同じような思いを抱いている。

 

「今シーズン、ブッフォンをノータイトルで引退させるわけにはいかない」

 

 

この思いがイタリアに届くと信じている。

 

 

 

個性的なメンバー

ユベントスは間違いなくビッグクラブだ。だけど、これだけ個性的な選手を抱えているビッグクラブも珍しいと思う(月ユベが個性的に仕上げていると言う話でもあるが)。昔の選手名鑑を見ながら、何人かの選手を取り上げて思い出にふけってみたいと思う。

 

パオロ・モンテーロ

いまだにセリエAの退場記録を保持しているのだろうか。もちろん退場数を誇るつもりはないのだが、本当にバラエティに富んでいて、思い出すと微笑ましいものばかりなのだ。相手ゴールキーパーに飛び掛かったり、バレはしなかったが相手選手に右フックを喰らわせたり、反則行為ではないがグランドで嘔吐したり、ピッチサイドで短パンを履き替える為にパンツ姿になったり、とにかくその行為が規格外な選手なのである。そして、それにも増してディフェンダーとしての能力は世界有数だったのがモンテーロの凄いとろだ。いまだにユベントスで背番号4を背負っている選手を見るとモンテーロを思い出す。大好きだった選手だ。

 

マルセロ・サライエタ

この選手も1997-2007シーズンと長くユベントスに在籍し、セリエBで時間を共にした戦友だ。主に途中出場やカップ戦でプレーする機会が多かったが、その中でも「ユベントスにとっては消化試合だけど、相手にとっては重要な一戦」でゴール決めるものだから、相手にとってはたまったものではないし、それ故にユベンティーノからは支持された。いつのシーズンだったか忘れたが、そのようなシチュエーションの試合で、右サイドバックのビリンデッリのクロスからビューティフルゴールを決めてバルセロナを沈めた試合は語り草だ。

 

ジャンルカ・ペソット

ユーゴビッチほどではないが、サイドであれば右も左もディフェンスも中盤もそつなくこなし、ユーべの屋台骨を支えた選手。1998年フランスワールドカップベスト8では同僚だったジダンのマンマークを任されたが、後にも先にもプロの大舞台であれだけ露骨なマンマークをした選手はペソット以外に見た事がない。ユベントスで「ユーティリティ選手」と言えばペソットも思い出す。

 

アンジェロ・ディ・リービオ

1993-1999シーズンまでユベントスに在籍し、黄金時代の一翼を担った。取り立ててテクニックがある訳ではないがサイドを主戦場とし、絶えず前後運動を繰り返しチームに活力を与える選手であった。どの試合だったかは忘れたが、あまりに運動量が多すぎて試合終盤に両足が痙攣して抱きかかえられながら退場した姿が忘れられない。ファンからはソルダティーノ(小さな戦士)と言われ愛された選手だ。

 

 

 

そして2017-18シーズン

その後、ユベントスとは離れた場所で多くの時間を経過したが、ボクはまたユベントスに戻ってきた。ユーゴビッチもデル・ピエーロもモンテーロもいないけど、当時は新人だったマルキージオがいてキエッリーニがいてそしてブッフォンがキャプテンマークを巻いている。あの頃のメンバーはほとんどいなくなったけど、それでもこのメンバーが残っていてくれたことは、ボクに安心感を与えてくれた。そして開幕戦ではほとんど名前と顔が一致しなかったメンバーたちも、いまではボクの中の一員となり、ボクもまたユベンティーノの一員となった。

 

ユベントスから離れていた7年~8年を取り戻すこともできないし、悔やむこともない。だけど、今ここにいるのは、間違いなくあの頃のボクがいたからだ。だからこの時の思い出も大切にして行きたいと思う。

 

 

 

2017-18シーズン、2度目のユベンティーノ復帰

 

 

少し古い話に誓い、3度目がない事をここに約束したいと思う。

 

 

 

※長文をお読みいただき有難うございました。次回からは通常スタンスで記事を書きます。

コメント

  1. れいたろー より:

    素敵な記事びっくりしました。ありがとうございます。
    編集長の真似をするわけではありませんが、私は98フランスW杯でダービッツに衝撃を受け、どこの選手だ98-99シーズンからユヴェンティーノです。だから未だにダービッツがNo.1なんですよね。。。
    その後暫くして初めて読んだ月ユベで我がヒーローに「退場犬」というあだ名をつけられていることを知った時、驚くとともに「言い得て妙だなぁ」と思ったことが懐かしい思い出です。

    あと、雨のレナトクーリは今でも忘れられません。衝撃的な結果を受け入れるのに時間がかかりました。
    普段散々笑わせて頂いているのに、ここにきてこういう変化球があるとますます月ユベから離れられなくなります(復活してくれて本当にうれしいです!)。毎日の楽しみにしてますのでこれからもよろしお願いします。
    明日のトリノ戦も勝ちますように~。松ちゃん、ナス大の2トップがアベック弾ですかね!?

    • 編集長ミツ より:

      >れいたろーさん
      私も反響が凄くてびっくりしています。こちらこを有難うございます。
      98年のオランダも魅力的でしたねー。ベルカンプのアルゼンチン戦での鬼トラップは語り草ですよね(確かフランス大会だったと覚えています)。
      ダービッツはミランで冷遇されていて、そんな中でユーべに移籍してきたので「大丈夫かな」と心配していたのですが、心配は不要でしたね。それこそ番犬として中盤を所狭しと走り回ってくれました。そして、たまに退場も(笑)
      雨のレナトクーリは私も忘れられません。当時はネットもほとんどない時代でしたから、イタリアに付くまでドキドキして、そして落胆したのを覚えています。

      月ユベはできれば笑いで攻めたいのですが、たまには真面目な記事も書いておかないと、本当にオバカなファンになってしまうので(笑)
      でも、今日からはまた通常運転です。ご安心ください(笑)

      トリノ戦ですが、もう松ちゃんとナス大のツートップでいいんじゃないかと思っています(笑)

      今年もよろしくお願いいたします!

  2. サライエ太 より:

    いつにない熱い記事でしたね。
    サライエ太にも触れており嬉しい限りです。私はデルピエロから入ったユベンティーノですがたまに出るサライエ太の一発がなんとも言えず好きでした。モンテーロ、サライエ太に続くウルグアイ路線のカリアゲに今後は期待します。

    • 編集長ミツ より:

      >サライエ太さん
      たまにはユベントスが本当は好きだと言う事をアピールしておかないと、熱心な信者に叩かれそうなので(笑)
      サライエ太って、当時から「ベンチで当然」ってスタンスなんですけど、何気に途中出場の機会は多くて、そして結果を出すんですよね。あの無骨な姿勢が好きでしたし、セリエBでも戦ってくれた戦友ですよね。
      カリアゲはウルグアイ人としてはまだまだ物足りないので、今年はもうひとカリアゲして欲しい所ですね!(笑)

  3. のんすけ より:

    新年ハゲましておめでとうございます。
    コンテしもよろしくお願い申し上げます。
    僕がサッカーを見始めたのはアメリカワールドカップで
    ちょうど自分の誕生日が開催初日だったと思います。
    あの時のバッジョが好きになり、所属してるチームを探し
    ユベントスにたどり着きユベントスが好きになりました。
    もっとユベントスが知りたくて色々探して月ユベに出会った
    と思います。ユーベ愛のある選手名鑑やらネタ記事をみてはニヤニヤしユベえもんやらユベうさぎなど本当に楽しませてもらいました。
    あの頃10代だった自分も四捨五入したら40です(笑)
    月ユベ復活はドキドキワクワクしながら書き込みした頃を思い出して懐かしく思います。細く長〜く続きますように願っています^ ^

    • 編集長ミツ より:

      >のんすけさん
      ハゲてませんがハゲましておめでとうございます。
      コンテはハゲていますがコンテしもよろしくお願いいたします。

      私もアメリカワールドカップの頃から本格的に海外サッカーに興味を持ち始めました。あの頃は確かにバッジョのイタリアであり、そしてあの決勝のPK失敗ですね。ちなみにアメリカワールドカップの中で自分のハイライトはゾラの退場です。あれは世紀の誤審だと思います。。。。
      そして、そんな流れで月ユベを見つけて頂き、更に言えば復刊した後も見つけて頂き有難うございます。月ユベは本当にこう言ったコアなファンの方に支えられていると思います。感謝感激西城秀樹です。

      今も昔も、ダジャレや新しい愛称が毒者に受け入れられるかをドキドキしながらアップしています。そして容赦なくスルーしてくれる毒者が大好きです(笑)

      今年も無理しない程度に更新を続けます。
      よろしくお願いいたします!

  4. なにがし より:

    明けまして月ユベ。
    選手名が通常だと途端にいい話風になるのがスゴイですね(笑)
    昨年は月ユベのリッピの様な華麗な復帰がユーベのトップニュースでした!

    • 編集長ミツ より:

      >なにがしさん
      明けまして読売ジャイアンツ。
      いつもご愛毒頂き有難うございます。
      ほんと、選手名を本名で書くと感じるものが違いますよね。って優花、本名の方が反響よさそうなので、愛称やめましょうかね。いや、そうもいきませんが(笑)
      復帰から4ヶ月が経過してエンジンも掛かってきたので、更にギアを一段階上げたいと思います。応援よろしくお願い致します!

  5. マクロ より:

    編集長ミツ様

    マクロです。更新ご苦労様です。
    今回の記事も読み応えがありました。編集長の”ユーベ愛”を強く感じています。
    根底にこれがあってこそ、若大将への”いじり”が活きてくるってもんです。

    私も古めのユーベが好きなので、こういう時代のピックアップは大歓迎です。

    また、セリエB時代もある意味ひときわ輝いていました。

    裏切り者のユダが分かったと同時に、若大将、はぐれ刑事、パツキン、鴨、松野さんといった
    ユーベ愛を強く持った選手が分かりましたし。(デシャンにも感謝です。)

    特に、若大将の誰よりも早い残留宣言は、他の選手に与えた影響も考えると大きかったですね。
    カペッロの来い来い詐欺にひっかかったザネッティは気の毒でしたが(笑)。

    • 編集長ミツ より:

      >マクロさん
      コメント有難うございます!
      今回はいつもの記事の3倍くらいの長さになったので、誰も読んでくれないんじゃないかとヒヤヒヤしながらアップしましたが、結構反響があり安心しました(汗)。
      取りあえずユーベ愛を前面に出すふりをしておかないと、真面目なユベンティーノから攻撃を受けそうなので、今日みたいな記事も散らしておきます。嘘です、ちゃんと気持ちこめて書きました(笑)

      たまーに昔の事も思い出すと、更にユベントスへの愛情が深くなりますよね。今回は書きながらそう感じました。
      昔からユーベを応援している方もいれば最近ユベンティーノになった方もいて、更に私のように途中でブランクがある方もいると思いますが、いずれにしても全ユベンティーノが楽しめるようなサイトを目指したいと思いますので、引き続きお力添え頂ければ幸いです。

      そうそう、セリエBに降格した時に鴨、はぐれ刑事も残留してくれましたね!すっかり忘れて記事に名前入れるの忘れました。。。まっ、いいか(笑)
      そしてザネッティ、十年振り以上久し振りに名前を聞いて笑ってしまいました。確かに詐欺でしたね(笑)

      では、引き続き月刊ユベントスをよろしくお願い致します!

  6. ユーゴビッチ より:

    ビエリに関してはアヴォカートも出すべきじゃ無かったとボヤいてましたね。当時のベッテガ、ジラウド、モッジの三頭体制は苦しい財政状況で結果を出していたのでファンは勿論オーナーでさえ中々文句言えないマフィア的な迫力が有り、結局これが後々の大事件に繋がっていったかと。
    ビエリのその後の活躍もそうですが、アンリの確変はビットコイン並でした^^;サライエタは10年も居たんですね!
    確か引退時に「八百屋」やるって言ってました(笑)

    • 編集長ミツ より:

      >ユーゴビッチさん
      ビエリはその後凄い選手になったので、あと少し保有していればもっと高値がついたかもしれません。ただそうなるとピッポは来てなかったんですよね~。何とも複雑ですが、ビエリって少し傲慢な所があってユーベっぽくなかったので、全体的にはあれで良かったのかもしれません。

      そうそう、昔はマフィア的な影がありました!からの~八百長ですからある意味納得ですが(笑)
      いまはさすがにクリーンになりましたが、たまにVARで「あれっ」って思う所もあります。まぁそこは気付かないふりしておきましょうかね(笑)

      今後も同じユーゴビッチファンとしてよろしくお願い致します!

  7. パツキン@副会長 より:

    初投稿です!
    私は2002年からのユベンティーノであり、学生時代からユベントスの試合を観つつ、月ユベ記事を楽しみにしていました!
    今まで10年以上立ち読みしていた毒者ですが、今回の編集長のユベ愛溢れる記事に、思わず目頭が熱くなってしました。
    私のアイドルはネドヴェドであり、今で言うと、魂を込めて戦ってくれるマンジュキッチのような選手が大好きですが、
    やはりユベントスにはファンタジスタ以上に、サラエイタのような名脇役は欠かせませんよね!
    もしブッフォンがいなくなっても、キエッリーニが主将のユベントスは、どうなるのか想像すると、楽しみではあります 笑
    改めて、ユベントスも月ユベもミツ編集長も大好きだと思いました!
    長文失礼しました。これからも月ユベの記事を楽しみにしていますので、頑張って下さい!

    • 編集長ミツ より:

      >パツキン@副会長さん
      初投稿有難うございます!こうやって読んで頂いている方の生の声を聞ける事がモチベーションに凄く繋がっています。
      今回の記事は思わずユーベ愛をあふれさせてしまいましたが、そもそも記事自体が感動を狙ったフェイク記事かもしれませんのでお気を付け下さい(笑)
      そしてネドヴェド!(ネドヴィエドと書く雑誌もありますね(笑)。ジダンの後釜としてラツィオから来た時には私も懐疑的ではありましたが、すぐに虜になりました。そしてバロンドールまで獲得しましたよね!気持ちが入っていて凄く好きな選手です(あの走り方がカワイイですよね(笑)。

      サライエタに関しては本当に名脇役中の名脇役だと思います。今のユーベのベンチにも「ミスター・ベンチ」みたいな選手がいればいいのですが、なんとなくみんなスタメンクラスなんですよね。あと、昔はパラマッティとかいましたね!いるだけで爆笑の選手でした(笑)

      これからもパツキン@副会長さんに楽しんで頂けるような記事を書きますので、また気が向きましたらコメント下さい!
      今後も末永くよろしくお願い致します!

  8. Yumi より:

    読んでいて、懐かしさで胸が熱くなりました。だいたい好物は被っていますねー!モンテーロが右フックをかました事件は、現行犯逮捕はなかったですが、試合後ビデオで確認され確か5試合出場停止を喰らってたと思います確か複数回の試合出場停止はセリエ初じゃなかったかな? そして、赤紙記録はまだ破られていません バロテッリが若いのに凄い勢いで稼いでいたので、破るんじゃないかとも言われていましたが途中でいなくなっちゃった

    • 編集長ミツ より:

      >Yumiさん
      お~~~~~、Yumiさんお久しぶりの書き込み有難うございます(復刊後は初ですね)!
      そうそう、当時からYumiさんと好物は被っていましたよね(笑)
      退場王の右フック、さすがに罰は受けていましたか~。ただ、それでも試合中にお咎めなかったのは凄いですし、あの時にディ・ビアッジョの顔が忘れられません。さすがにあの場面で殴られるなんて誰も思っていませんし、月ユベンティーノの中ではあの事件で一気にディ・ビアッジョは有名になりましたね(笑)
      バロテッリも暴れていたようですが、彼とモンテーロでは質が違いますよね(笑)

      今後もよろしくお願いしま~す!

  9. パール より:

    ただただ感動!!!
    私は、98年からユーベを応援していますが、編集長の応援歴史と自分のと重ね合わせ…年明け早々泣けました。やっぱり、ユーベが大好きだあぁぁぁぁぁ!と。
    爆笑、クスッ、ウルウル…試合前後には、月ユベはあの頃から欠かせない…編集長、月刊ユベントス、これからも楽しみにしています。

    • 編集長ミツ より:

      >パールさん
      月ユベ毒者を感動させるなんて、編集長としてただただお恥ずかしい限りです(笑)
      でも、私もこの記事を書いていて改めてユベントスが好きだと言う事に気づきました。

      本来であれば爆笑狙いなんですが、今回ばかりは「真面目な一面」も見せたく背伸びしちゃいました。
      次回からは通常営業になりますので、何卒よろしくお願いいたします!

  10. ユーゴビッチ より:

    編集長がそこまで思い入れがあるとは知らずユーゴビッチの名を使わせて貰って、申し訳なく思います。ただ僕もあのリッピ時代が大好きで、カルチョが守備的と言われる中で攻守に圧倒的な運動量でピッチを支配し、世界のサッカーの頂点にあったと思います。それを支えていた中盤のいぶし銀のような選手たちの中でもユーゴビッチは一際輝いてましたね。彼を放出した理由が分からず(今ほど情報がないので)呆然とした記憶があります。その後ダービッツがフィットするまで中盤左サイドは苦労しました。リッピは葉巻ふかしてましたよ(笑)昔はタバコをピッチで吸う監督結構居たけど、葉巻はリッピ以外に居たかなぁ^^;

    • 編集長ミツ より:

      >ユーゴビッチさん
      長文を読んで頂き有難うございます!
      いやいや、逆にユーゴビッチの名前をハンドルネームにつけて頂くなんて、ファンとしてはとても嬉しいです。たぶん、ジダンは覚えていてもユーゴビッチを覚えているひとは少ないでしょうから(笑)
      あの時のユーベは強かったですし、何というかふてぶてしかったですね。タッキナルディとか若手なのに堂々としてたし、デシャン、ユーゴビッチは百戦錬磨、て感じでしたね。
      ユーゴビッチ放出の理由は私も分かりませんが、昔からユーベはフロント主導の放出が多かったですし、ユーゴビッチはもちろんのこと、あの時のビエリを出したのは衝撃でした。そして彼はその後にイタリア代表のエース格になりましたから。まぁ、ユーベっぽい選手ではなかったですが(;^_^A)

      たまには懐かしく昔話でもしたいですね!

      今後もよろしくお願い致します!

  11. ゴールもらた より:

    月ユベ最高!!

    • 編集長ミツ より:

      >ゴールもらたさん
      いつもはくだらない記事ばかりですが、新年なのでまじめに書いてみました(笑)。ただ、思いがこみ上げて長文になってしまいましたが…

      次からは通常運転になりますので、おちゃらけた記事も引き続きよろしくお願い致します(笑)

  12. 名無しのユベンティーノ より:

    こういう昔話は大好きですよ!
    編集長さんの秘めたる想いをうかがい知るいい機会になりました!

    • 編集長ミツ より:

      >匿名さん
      長文を読んで頂き有難うございます!
      何気に秘めた思いがあるのですが、恥ずかしいので隠しています(笑)
      次回からは通常運転で書きますので、また肩の力を抜いて読んで下さーい。

  13. ダンディ髭 より:

    おかえりなさい編集長♡

    • 編集長ミツ より:

      >ダンディ髭さん
      ただいまー(笑)
      今回の記事ではザンブロッタをほとんど取り上げられずに申し訳ないですm(_ _)m
      いつかザンブロッタ特集組みましょうか(笑)

  14. 退場猫 より:

    偽アレからのアーリーで沈めたのは確かバルサだっかと思いますよ!最高に痛快な試合でしたね!

    • 編集長ミツ より:

      >退場猫さん
      ご指摘ありがとうございます!
      いま修正しました(汗)
      確かアーセナルも沈めたと覚えてるんですが、私の勘違いかもですね(;^_^A)

  15. ピンクユニ より:

    いいね!

    • 編集長ミツ より:

      >ピンクユニさん
      読んで頂き有難うございます!
      夜な夜な長文書きました(笑)