【コラム】ポジポジやで



※1995-96シーズンの得点王:イゴール・プロッティ

 

クが26歳の時だったから、もう20年も前の事になる。まだインターネットが世の中に出始めの頃、世間には「ネットベンチャー」と呼ばれる小さな会社が乱立し、「我一番に」と言わんばかりにインターネットに関するあらゆるサービスに手を出して行った。そう、1990年代後半にインテルがどんな選手にも手を出して獲得していった時のように。

そしてボクもその波に乗った。まだ結婚したばかりだったのだが、若気の至りと言うか、単に責任感がなかったと言うか、世間知らずだったと言うか、安定していた会社を辞めて、従業員数人のベンチャー企業に転職を果たしたのだ。企業の規模で言えば、セリエAのチームから、地方の地域クラブに移籍したようなものだったかもしれない。でも、若き日のボクは燃えていた。

 

 

れまでは何も考えずに目の前の仕事をこなせば、毎月25日に一定のお給料が振り込まれていたのだが、今度はそうは行かない。いや、行かなかった。何にしても新しく立ち上げた会社では仕事がない。ゼロから何かを作らなければならなかったのだが、当時のボクにはそんなバイタリティは無かったし(今もないけど)、無い事にすら気付いていなかった。痛恨のミス。1995-96シーズンの得点王のタイトルを引っ提げてバーリからラツィオに移籍を果たし、しかし1ミリも活躍できなかったイゴール・プロッティも恐らくは同じ気持ちだっただろう。

ボク達は、そこで活躍できる器ではなかったのだ。

 

 

かし、そのベンチャー企業にいた「玉木さん」と言う3歳年上の起業家はホンモノだった。ボクとは真逆にバイタリティに溢れており、その小さな会社は玉木さんで持っていた。そして玉木さんは前向きで、決してネガティブな言葉は発しなかった。例え窮地に立たされても、例え大きな契約が寸前で破談となったとしても、例え支払いを忘れて自分の携帯電話が止められてしまっても(そんなオチャメな一面を持ち合わせていた)、常に前だけを見ていた。そんな玉木さんがボクに100回以上かけてくれた言葉ある。

 

『ポジポジやで』

 

ネガティブになっても何も良い事がないから、ポジティブで行こうや。そしてポジティブひとつじゃ足りないから、ふたつ重ねて『ポジポジ』やで。って事らしい。その時の会社の状況(仕事がなくて明らかに傾いている)を目にしていたボクはその根拠が一ミリも分からなかったけど、それでも毎日不安に駆られる中で玉木さんが口にするその口癖は、わずかながらではあるがボクを安心させてくれた。全くタイプは違うけれど、頼れると言う部分で言えばクリスティアーノ・ロナウド級だったのかもしれない。

 

 

こ9年間勝ち続けてきたユベントスだが、今シーズンは苦しみに苦しみ抜いている。国内リーグは3位、そしてチャンピオンズリーグ・ベスト8を賭けた戦いでは1stレグに敗れて背水の陣。

ここ9年間勝ち続けたチームを見続けた一部のファンに関しては、今シーズンは憤りに憤りまくっている。国内リーグは3位、そしてチャンピオンズリーグ・ベスト8を賭けた戦いでは1stレグに敗れて背水の陣。

でも、それがどうした事か。まだ何も失っていないし、全てにおいて可能性が残っている。ここでネガネガになるなんてもっての他だし、例え負けたって来シーズンがある。ボクたちは勝っても負けてもユベンティーニだ。

 

 

『残り13試合で勝ち点差10?』

 

『ホームで1対0でいいの?』

 

 

『そんなのポジポジやで』

 

 

ボクがあの後に会社を辞めて別々の道を歩む事になったけど、当時耳にした玉木さんの関西弁が耳に響いている。

 

 


 

Special Thanks:細江克弥さん