【国籍から振り返るユベントスの歴史シリーズ】ブラジル編

みんな、忘れてたっしょ。いや、編集長自身が忘れてたんだから、そりゃ忘れていてもらわないと困るっしょ。

 

って事で、このシリーズも実に2年振り。2年前と言えば、編集長も娘たちにここまで冷たくされる前ですから、まだ良かった時代ですね。えぇ、ちょうどこの後くらいから次女もスマホを持ち始めて、家族総出の『LINE既読スルー』って言う、世にも奇妙な物語が起こるようになりました。ちなみに家で顔を合わせてるのに『24時間以上、未読スルー』て言う仕業もありましたね。とにかく不思議な世の中ですよ。

 

まぁ、それはいいんですけど(いや、良くはないぞ!)、ウルグアイ編~フランス編と続いて第3回目に取り上げるのは『ブラジル』。確かにここ数シーズンで言えばオジーロ、ドンキー、カリメロ、コスタるんなどが所属しておりましたが、ひと昔前まではユベントスは比較的ブラジル人プレーヤーが少なかった時代もございました。

そんなこんなで頭の片隅に眠っている記憶を呼び起こしながら行きましょう、『国籍から振り返る振り返るユベントスの歴史シリーズ〜ブラジル編』!今回もモチのロン、編集長がロンドンに出張してた時に所属してた選手は空気扱いだよー。

 


 

フェリペ・メロ

  • 名前:Felipe Melo
  • 生年月日: 1983年6月26日
  • ポジション:中盤
  • 在籍歴:2009-11
  • 愛称:マイキー

 

まずはパンチのある所で毒者のココロを掴みたいがために、初っ端に持ってきましたフェリペ・メロ。フィオレンティーナ時代の活躍が認められて2009-10シーズン開幕前にユベントスに移籍を果たすも、一切合切ダメでしたね。中盤の真ん中を任される選手だったのですが、とにかくプレーが雑だしそして荒い。台所事情が厳しかった時期って事もあり、そこそこの試合数は出場したものの、しかしフロントのみならずファンからの信頼も勝ち得る事が出来ずに、わずか2シーズンでチームを去る事になりました。

そして記憶に新しいのは、昨シーズン途中でロボが自伝書の中でフェリペ・メロの事を酷くこき下ろし、2人の間で舌戦になった事件。まぁ、「書いたロボもロボだし、書かれるメロもメロだし」って感じですが、ロボ寄りに見れば「日頃の行いが悪い」で片付けてもおかしくない位の選手です。

ちなみにプロキャリア通算524試合で「イエローカード173枚、同試合のイエローカード2枚で退場が10試合、そして一発レッドが8枚」と見た目通りのヒール役に徹しておりました。これだけやっても退場王国の一員として認められていないんですから、いかに編集長にも毒者にも認められていなかったかが分かると思います。

 

 

ジエゴ

  • 名前:Diego
  • 生年月日: 1985年2月28日
  • ポジション:攻撃的ミッドフィルダー
  • 在籍歴:2009-10
  • 愛称:子豚

 

やっぱり『ユベントスのブラジル人選手』て言えばジエゴでしょ。

2009-10シーズン開幕前、セリエAに復帰したとは言え‘’審判買収の後遺症‘’がまだ残るユベントスにおいて、まさしく救世主として期待を一手に背負ったものの、まーーーったく良い所を見せられずに翌シーズンにはヴォルクスブルグに移籍しちゃいました。ちなみに今のキュンとなんとなーーーくですが、もがき苦しんでいる姿が重なるのは編集長だけでしょうか。

なかなかユベントスでテクニカルなオフェンシブのブラジル人プレーヤーがこれまでいなかった中で、編集長自身も大きな期待を寄せたものの、パッとしなかったのは確か。しかしその後に移籍したヴォルクスブルグではチームの中心選手として息を吹き返した事から、たぶん当時の監督が使いこなせなかっただけだと思っています。どうやらフェラーラとザッケローニのようですが。

あの頃はセリエBから昇格してきて数シーズンのチームと言う事もあり補強が進まない中、「ブラジル代表の中心選手がユベントスに来てくれた」と胸躍った事を覚えています。何気に編集長が感謝している選手の1人です。

 

 

エメルソン

  • 名前:Emerson
  • 生年月日: 1976年4月4日
  • ポジション:ボランチ
  • 在籍歴:2004-06
  • 愛称:ゴリさん、衣笠

 

ゴリさんはカペッロの秘蔵っ子で、セットでローマからユベントスに来て、セリエB降格を機にセットで去って行きました。派手なプレーは見せないものの、とにかく気の利いたプレーでチームを整えていたイメージ。今で言うとレアルのカゼミーロ的な感じでしょうか?

そして2005-06のわずか1シーズンではありますが、パトリック・ヴィエラと組んだダブルボランチは、一部のファンからは『歴代最高のコンビ』と言われるほど。

髪の毛もハゲ上がってきて、月ユベ的にも『そろそろ仕上げの時期』と思っていたタイミングで移籍してしまったのは残念ですが、その後は期待通りにハゲ散らかって行ったので、遠目から微笑ましくそのハゲ頭を見守っておりました。

 

 

アマウリ

  • 名前:Amauri
  • 生年月日: 1980年6月3日
  • ポジション:フォワード
  • 在籍歴:2008-11
  • 愛称:甘瓜、サイヤ人

 

イタリア国籍を取得して代表にも招集されていたので、『ブラジル編』に入れるかは微妙な所ですが、しかしこの選手を取り上げない訳にもいかないでしょう。

アマウリはそこそこ下積みの時代がありまして、2000-01シーズンにパルマが保有権を獲得すると、その後は幾つかのプロビンチアを短いスパンで渡り歩き、花が咲いたのは2006-08シーズンに所属したパレルモ。2シーズンで23ゴールを挙げる活躍を見せると、2008-09シーズンを前にユベントスが獲得。すると加入1年となる2009-10シーズンは前半戦18試合で11ゴールを挙げ、ファンからも大きな期待が寄せられると、後半戦は‘’たったの1ゴール‘’に沈む急ブレーキで期待を裏切る事に。その後も鳴かず飛ばずが続き、2011-12シーズンを前にユベントスを離れるとパルマ、フィオレンティーナ、トリノと移籍を繰り返し、最後はアメリカで引退。

当時は国籍問題などもあり話題を振りまいたストライカーでしたが、ユベンティーニとしては「2009-10の‘’前半だけ‘’活躍した選手」として記憶に残っているかもしれませんね。

 

 

まとめ

他にもルシオとかアウベスとかネトとかいたんですけど、いかんせん編集長が見ていない時期の選手なので、スルーしておきました。もし必要があれば、各自の胸の中で振り返ってみて下さい。

そして認識されているとは存じますが、編集長が一番欲しいのは「反響」です。特にSNSをお持ちの方は何をすべきか分かっていますよね。えぇ、4ヵ国目がアップされるかどうかは皆さん次第です。頑張りましょう!

 

【最新のユベ議室お題😎】

2021年は一緒にユベ議室で盛り上がりましょう!