【r4lx-izm】ピルロとガットゥーゾ ~新たな舞台で対峙する二人の盟友~




皆さまお待ちかね、r4lxさんのコラムが届きました!個人的には今回の記事のテイスト、すっごく好きです。と私の前振りは不要だと思いますので、r4lx-izmを存分にご堪能下さい!

 


ピルロとガットゥーゾ ~新たな舞台で対峙する二人の盟友~

注)念のため試合前日に実施されるナポリの検査結果までは確認していたのですが、そこからリーグ規則やFIGCのプロトコルの範疇には収まらない形で波乱の展開が起きてしまい、結局のところこの一戦は今週末に実施されない事になってしまいました。

楽しみにしていた二人の初対決が観られなくなってしまい、大変残念でなりません。いつか必ずまた訪れる二人の対決の日に備えて、この記事はそのままにしておきます。(2020年10月4日 18時45分追記)


 

ナポリの選手とスタッフにCOVID-19陽性者が出てしまった事で一時は不透明感が漂っていたものの、どうやら問題なく今週末に開催される見込みとなってきたユベントス対ナポリの一戦には、注目すべきポイントがいくつかある。まずはこの試合がイタリア国内の放映権者であるSkyとDAZNが年間20試合を指定する「ビッグマッチ*」の一つであり、代表ウィークによる中断前の序盤の大一番として重要な一戦であること。そしてユベントスにとっては6月半ばにPK戦の末に敗れたコッパイタリア決勝での雪辱を果たすための一戦ともなっていること。更にはナポリがインシーニェを怪我で欠く一方で、ユーベの側は昨季のMVPであるディバラが何らかの形で今季初出場をする事が見込まれており、それがパレルモ時代の短期間の”恩師”でもあるガットゥーゾ相手になるというのも一つの注目ポイントである。

 

*節内での試合の開催日時を自社の放映枠の都合に合わせて決定し、独占的に放送が出来る仕組み。全380試合の中からSkyが16試合、DAZNが4試合を決められた順番で指名する。この一戦は20試合の中でも6番目にSkyが指名した。

 

この時点で既に十分に目が離せない一戦になっているが、もう一つ何よりも注目を集めるべき要素がある。それはピルロとガットゥーゾが新たな役割でピッチで再会するという事である。

ピルロのユベントスのトップチームへの監督就任が正式に発表された直後、スカイ・イタリアのインタビューにてその感想を問われたガットゥーゾは、「こんな事テレビで言っていいか?」と前置きをした上でこう言い放っていた。

So’ cazzi suoi adesso.

日本語のニュース記事ではこの発言を「ねじ込まれたな」という訳にしているのをよく目にした。しかし、これはあまりにも的外れな翻訳である。どうしてそういう訳になったのかの成り立ちからして容易に想像がつく。それはこの類似表現に対してイタリア語から英語への機械翻訳を実施すると「He is screwed」とされる事があり、実際にそう報じている英語の情報ソースがいくつもあったからだ。その英語ソースのscrewedを見て、単語を文字通りに日本語に直訳して「ねじ込まれたな」である。

しかし、これは英語の翻訳として見た場合ですら非常に怪しいと言わざるを得ない。こうした用法でのscrewedは現代英語で非常に一般的な表現であるが、その現代的な意味はつまるところfuckedの言い換えである。言い換え要素を排除すれば「He is fucked up」であり、彼はとんでもない事になっちまったな、くらいの意味合いとなってくる。これを「ねじ込まれた」とするのはscrewedという英単語の字面だけを見ての翻訳であり、結果として「無理やり」とか「意に反する」とかいうようなニュアンスを勝手に付け加えてしまっている誤訳だ。そもそも「He is screwed」という英語の翻訳からして、イタリア語の本来の言葉の意味を正確に反映したものとは言い難いところなのに、それをも更に曲解した日本語の翻訳が大手メディアにしれっと載ってしまうのは大変嘆かわしい現状である。こうしたケースは枚挙に暇がないというのが日本における海外サッカー情報の実情だが、そこを追及するのは今回の主題ではない。

では実際はどういうニュアンスの言葉なのか。100点満点で対応する日本語の表現はないので、一つ一つの単語で見ていこう。

So’ – Sonoを崩した形。英語のbe動詞にあたる。
Cazzi – Cazzoの複数形。本来の意味は男性器だが、ただの罵りの単語。
Suoi – 英語で言うならばHis。「彼(=ピルロ)の」である。
Adesso – 英語で言うところのNow。

これらを組み合わせれば、具体的に何を指しているのかまでは朧気だとしても、少しずつ雰囲気が掴めてくる。不可算名詞の差はあるけれど、英語にそのまま直訳するならば「It’s his shit now」という感じだ。まだその具体的な意味合いに朧気感は残るものの、少なくとも「ねじ込まれた」ではなさそうだなというのは見えてくる。

ではどういう意味合いなのかについて更に踏み込んでいくと、これも英語で例えるならば「It’s none of his fucking business」という表現がある。これは例えば何かに口を突っ込んできたような”彼”を指して「あいつには全く関係のないことだろ」という意味合いで、それを口汚く言うような頻出表現だ。ガットゥーゾの発言は、その口汚さはそのままにして、意味合いだけを真逆にしたものである。つまり言うならば「It’s all his fucking business」。Adessoも足し込めば「It’s all his fucking business now」と時勢を強調したものになる。しかし英語にもこうした定型表現はない。ニュアンスとしては「これからは全てピルロが一手に被る問題」という事であり、それを大変な物という雰囲気で、口汚く一言で切り捨てている。果たして一文で全てのニュアンスを網羅した上手な日本語訳なんて出来るのだろうか。少し考えてみたが、思いつかない。

いずれにせよガットゥーゾが注目の新監督の誕生について聞かれて、この上品とは言えない言葉を生放送で浴びせたのには、理由がある。それは”敵対”するクラブの新監督に向けられた敵意などではもちろんないし、何の経験もなくユベントスというビッグクラブの監督に就任した新監督への嫉妬でもない。リーノ自身の性格によるものという要素は否めないけれど、その背景に間違いなく存在しているのは、ピルロとの緊密な関係性だ。つまり、どこからどこまでも対照的でありながら、カルチョを介した邂逅を続けるこの2人が、盟友であり親友であるという事実である。これはその背景があってこそ投げかけられた言葉に他ならない。

 

 

アンドレーア・ピルロという人物についてどういう印象を持っているかと問われたら、「天才」とか「知的」とか「寡黙」とかいうキーワードがかなりの割合で上がってくるのではないかと思う。それらはまさにピルロがピッチの上や記者会見などで対外的に見せて来ている姿そのものであるのだから、当然の事だ。選手時代と比べれば監督としては随分喋るようになっているので「寡黙」とはまた少しニュアンスは変わってきているものの、少なくとも感情を表に出して雄弁に語るような人物ではない。ピルロがユベントスに選手として所属していた2014年には、#PiroIsNotImpressedというソーシャルキャンペーンが行われていた。まるで感情表現を見せないかのようなピルロに対して、どんなに凄い事が起ころうとも「ピルロは全く感心していないよ」という事である。これはその後のMLS移籍の際にも使われた”定番ネタ”になっている。

 

しかしガットゥーゾの目に映っているピルロは、こうした我々がいつも目にする事が出来るピルロとは、まるで別人なのだ。

2013年にイタリア国営放送ラーイのトークショー番組に出演したガットゥーゾは、直訳するならば「ピルロは天使のような顔をしているが、良い母親の息子だ」と言及している。しかし、これではもちろん意味が通らない。後半部分はいわゆるson of a bitchのテレビ放送にも対応できる言い換えである。つまり「ピルロは天使のような顔をしているが、クソ野郎だ」から始まり、「常にふざけているし、迷惑ばかりかけるし、じっとしている事が出来ない」と続け、それからすっかり有名となった携帯電話のエピソードを明かしている。

それはガットゥーゾがACミランの練習場の食堂のテーブルに携帯電話を置いたままその場を離れてしまった時のこと。ピルロはすぐさまその電話を勝手に拝借して、当時のACミランのスポーツディレクターだったブライーダとガッリアーニCEOに対して「俺の要求を呑んでくれるのならば、妹を差し出すよ」というSMSをリーノになりすまして送信している。ガットゥーゾもピルロも、クラブと契約更新の交渉を実施しているところだった。

ピルロの自伝によれば、事態に気付いたガットゥーゾはまずピルロに殴りかかって来て、それからブライーダに電話をかけて「いつものピルロの下らないジョークだ」と説明したとのことである。ブライーダの返答が「それは残念」だったのかどうかがそれからずっと気になっていると書き記している。

他にもデ・ロッシと共謀しての消火器噴射攻撃や、ガットゥーゾが寝静まった頃に突然隠れていたクローゼットから飛び出しての急襲、ドアの前にソファーを設置して部屋から出られなくしたりなど、まるで子供が考えるようないたずらのオンパレードである。

特にACミランの練習場であるミラネッロの食事の場で繰り広げられたガットゥーゾへの執拗なからかいに対して、リーノが反撃に使用したのはフォークだった。誰がその犠牲者だったのかまでは明確にはしていないものの、実際にガットゥーゾのフォークが肌に突き刺さったことが複数回あったとしており、それによって数試合を欠場する羽目にもなった事も明かしている。ACミランからの公式な欠場理由の説明は「筋肉疲労」だったそうだけれど。

このように延々としゃべり続けて延々とふざけ続けるというのが、クラブハウスやロッカールームの中で見せるピルロの真の姿なのである。このピルロの正体の「暴露」はガットゥーゾだけに留まらず、バルザーリやネスタ、ピッポ、コスタクルタ、カカーなど枚挙に暇がない。そもそもピルロ本人も自伝の中で、自身の無表情すらもジョークを繰り広げる上での武器にしていたとして数々のエピソードを明かしており、誰もが認める純然たる事実である。そしてこれもまた自伝に明記している通り、他に大差をつけて最もお気に入りのターゲットとしていたのが、他ならないガットゥーゾだった。

ピルロはガットゥーゾの事を「怒っている時でも常に良いヤツ」であると表現している。ピルロが一番好きな映画監督はウディ・アレンとの事だが、ガットゥーゾの事をまるでそのアレンの映画の登場人物の一人であるかのように見なしている。そしてピルロは自分自身をピッチの上でも人生においても「監督」として考える事を好み、ガットゥーゾのような上質な役者を決して手放すなんてことはしないと。一方のガットゥーゾもまた二人の関係を映画関連で例えている。生涯16作品で主役の二人として共演し、映画史に残る名コンビとなっているバッド・スペンサーとテレンス・ヒル。そのバッド・スペンサーがテレンス・ヒルを引っぱたいた回数よりも自分の方が多くピルロの事を引っぱたいてきているよ、というものだ。

悪ふざけと反撃が幾度となく繰り広げられてきたピルロとガットゥーゾの間柄だが、二人の間にはまた常に最大限の敬意も存在してきている。ピルロに理想のイレブンを選ばせたら、そこには当然のようにガットゥーゾの名前が入ってくる。ピルロの引退に際して「あなたの存在がピルロの手助けとなっていたのでは?」と聞かれた際のガットゥーゾの返答である「馬鹿な事は言うな。クソとヌテッラ*を混同してはいけない」というのは到底子供に聞かせたいような内容ではないが、しかしこれ以上ない程にアンドレーアに向けた敬意が伝わってくるリーノならではの表現だ。初めて一緒になったU15イタリア代表から数えて20年近く共にプレーしてきたという盟友に対して「ピルロが横にいる時は常に安心できた。私が彼の手助けをしたのの何倍も彼は私を助けてくれた」と続けている。

*日本語表記はヌテラとも。イタリア発祥で世界的にも極めて人気が高いチョコスプレッド商品。イタリアではヘーゼルナッツなどのアレルギーでもない限り、これを口にせずに大人になるのは不可能とすら言えるほど、国民的な人気と文化的な地位を築いている。

 

 

プレースタイルや風貌からは、どうしても天才と荒削りな努力家という安易な印象を抱かせてしまう2人。選手としてだけでなく、現所属チームへの監督就任の経緯も、まさにその印象通りと言えるものだった。ガットゥーゾは監督としてのキャリアの幕開けとなったスイスやセリエBで短期解任の憂き目にあっており、そこからギリシャやセリエCに舞台を移しての出直しを実施。叩き上げで地道に経験を積み重ねて、ようやくセリエAの舞台に辿り着いて迎えた2クラブ目である。一方のピルロときたら過去の指導者経験すら一切なく、就任当時はまだセリエAで監督をするために必要となるUEFA Proライセンスコースの受講中という、規則の面から見てもこれ以上は早くできない状態でのセリエA監督就任となった。それも9連覇中の絶対王者ユベントスの監督だというのだから、常人には到底望むべくもない、まるで天才にふさわしいとでも言えるような異例で華麗な就任劇と言える。

どこまでも正反対であり、ふざけ合い・罵り合いながらもお互いの事を最高に認め合っている二人の盟友。その二人による新たな章の幕開けについて聞かれたガットゥーゾは、あくまでも「ただのユベントス対ナポリの一戦」としながらも、ピルロ監督とは「これから後100回は対戦できたらいいな」と付け加えた。一方で前日会見で「ガットゥーゾに仕掛けたい最高のいたずらは何か」と質問されたピルロは「この一戦で勝利する事こそが最高のいたずら」だと答えている。そうなれば最高に面白い事として、後で話し合うんだと。

果たしてピルロが監督としても天才の片鱗を見せるのか。それともここは努力家ガットゥーゾが積み重ねてきた経験と理論が勝るのか。この序盤の大一番を、まずは心から楽しんで観たいと思う。その裏に確かに存在している、悪ガキ・アンドレーアとフォークで反撃する猛獣リーノの関係性にも、密かに想いを馳せながら。

 


【編集部より】

今回も本当に本当に愛情がたっぷり詰まった素敵な記事を寄稿して頂きました。冒頭にもお伝えしましたが、編集長としてはこれまで寄稿頂いた2作もモチのロンなのですが、今回の記事はまたこれまでとは少し違った切り口で凄く好きです。

そしてすでにr4lxさんファンもたくさんいらっしゃると思いますが、今回も下段のコメント欄を開放していますので、是非感想などをお寄せ頂けると幸いです。併せて、r4lxさんのTwitterも引き続きチェック頂ければ、更にユベントス人生が華やかになる事間違いありません!