【r4lx-izm】今季の移籍市場の特異性 – ディバラの契約延長交渉が長期化する理由を深読みする




今年2月、noteでアップさせて頂き、大きな大きな反響を頂いた「世界で最も不当な評価を受けるGK:ヴォイチェフ・シュチェスニー」の著者であるr4lxさんが、再度大作を月ユベ毒者向けに執筆頂きました。

もう何も言いません。この圧巻の作品を最後までお読み下さい!

 


今季の移籍市場の特異性 – ディバラの契約延長交渉が長期化する理由を深読みする

ディバラの契約延長の発表がなかなかなされない事について、やきもきしているユベンティーニは多いのではないでしょうか。特に今年の夏に入ってからは交渉が上手く進展していないという内容も具体的に何度も報道されるようになってきています。そこで今回はディバラの契約交渉が長期化してしまっている理由を、どこよりも深く掘り下げて考察してみたいと思います。

 

まずは簡単に思いつく要素から。

①MVP獲得

結果としてシーズン終了後にサッリ監督の1年限りでの解任に繋がってしまったという事実が指し示す通り、19/20はユベントスにとって当初の構想から大きく外れた非常に難しいシーズンとなりました。そうした中でも達成する事が出来たスクデット9連覇に対するディバラの貢献度合いは誰の目からも顕著であり、最終的にセリエAのシーズンMVPを獲得するという明確な結果に繋がりました。

 

ディバラがどういう環境で昨季の開幕を迎えたかということを考慮すると、ユベントスの宝石が達成したこの偉業は一段と輝きを増します。

昨夏の移籍市場においては、クラブ主導による積極的なディバラ放出の動きがあった事が明らかとなっており、ディバラにとってはチーム内での自身の地位が激しく揺れ動く中で開幕を迎えたシーズンとなりました。サッリ新監督の元で自己の価値を再証明する必要があるところから始まったのですが、重要な開幕からの3試合ではスタメンから外されるという結果に。結局出場したのは第2節に後半76分からの途中出場を1度しただけという、現在からはとても考えられないような厳しい滑り出しでした。しかし、そこからはフォーメーションが変遷していく中でもディバラは輝きを見せ続け、前半戦を終えた時には既にGdSの平均採点がセリエAの全選手で最高の数値となっていました。GdSはこのリーグで最高の評価を受けている選手がチームのフォーメーション上で確固たるポジションを持っていないという点について「世界でも他に見ない矛盾」と評した程です。

 

ディバラはその後、自身が新型コロナウィルスに罹患するという大きなアクシデントの発生にも足を引っ張られることなく、ロックダウンからのリーグ再開後も好調を維持してスクデット獲得に大きく貢献。GdSの平均採点は年間の最終結果でもトップを維持しました。

 

大手データ収集プラットフォームの一つであるWyscoutのデータで欧州5大リーグの試合における昨季の全選手のデータを比較してみると、1位の選手が独走状態と言える異様な突出度合いを見せている項目が一つあります。それは実に91.67%を記録したディバラのロングパスの成功率です。

もちろんディバラの場合はこの分野における名手中の名手であるクロースと比較して企画数そのものが少ないという要素もあり、またデータ収集業者によってロングパスの定義そのものも異なるという点には留意が必要です。それでもなお、同じ一つの基準で見た際に5大リーグの全選手を対象としたランキングにおいてこれだけ1位が突出するというのは、どんな分野においても尋常な事ではありません。世界でも屈指の直接FKの成功率の高さや、その影響もあって15/16からのリーグ戦におけるペナルティ・エリア外からのゴール数が20でメッシに次ぐ2位であることが報じられるなど、ディバラのキック精度が世界最高峰であるのは疑う余地がないところです。

 

またセリエAは近年のMVPを機械的なデータによって選出している事でも知られており、先端技術でボールと全ての選手の位置と動きを試合全体を通じてリアルタイムで追跡し、あらゆるアクションの効率性が指標化されています。ディバラが7月度の月間MVPとして選出された際には、攻撃面だけでなく前線からの守備の貢献度合いもハイライトとして評価されていました。

こうしたディバラの凄さを称える文章となるとどこまでも書き続けることが出来てしまうのですが、この記事の主眼はそこではありませんので、ここまでにしておきます。ひとまずこのMVPの獲得により、新契約での好待遇を求める力が更に強まったと見るのは妥当なところです。

ただし、この点に関して考える必要がある要素としては、クラブが昨季のディバラの働きぶりをそもそも非常に高く評価していなかったというのもまた考えにくいという点です。ディバラほどの選手であれば前回の契約延長時のボーナス条項としてMVP獲得が既に入っていたという可能性も感じられます。もちろん双方でその評価の度合いに差がある可能性はあるとはいえ、MVP獲得という一点だけで交渉が難航するというのも少し違和感を覚えます。

 

 

そこで、次のポイントです。

②成長令が適用されている選手との手取りサラリー比較での不公平感

①だけでなくこの点も加えて考慮してみると、もう少し話の辻褄は合うようになってきます。

イタリアでは成長令という一連の経済促進を目的とした法令が昨年5月1日に発令され、その中の一つとして新たな税制優遇措置が税務年度の2020年から有効になりました。非常に大雑把にいうと「税務的にイタリアに居住していなかった人が新たにイタリアに税務的居住をする場合、一定期間税額の軽減措置を行う」という優遇措置が既に成長令の前から存在していたのですが、成長令はその条件を大幅に緩和させ、内容を大幅に拡充する事となりました。これによってイタリアのクラブが新たに海外から獲得するサッカー選手に対しても優遇税制を適用させることが出来るようになり、適用となればその選手の所得の50%が免税になってきます。

*旧来の制度で認められていた免税範囲が50%であり、成長令ではそれが更に70%、南部を中心とした一部の州への居住では90%にまで拡張されることとなりました。ただし、プロスポーツ選手には専用の法令が適用されて50%までとなっており、特定州での更なる免税枠の拡張も対象外となっています。

適用させるためには、該当の選手はイタリアでの税務居住を始める前の過去2年間の税務年度においてイタリアの税務居住者となっていないという条件が必要であり、更に最低2年間以上のイタリアでの税務居住の継続も求められます。これはサッカー選手の移籍に当てはめて非常に大雑把に言えば「過去2年間イタリアにいない選手を2年以上の契約でイタリアに連れてくる」ということになり、それがイタリア人であっても対象となります。

*実際には税務年度は1月1日~12月31日であり、セリエAのシーズンやそれに基づくクラブの会計年度(7月1日~6月30日)とは異なるという点、そしてその年度に税務居住をしているかどうかの判断はイタリアに183日以上滞在していたかどうかが基準になるという点など、留意が必要な細かい要素が多数あります。上の文言だけではあまりに大雑把です。

イタリアではサッカークラブも含めて報酬を手取り給与で計算する事が一般的ですので、この優遇税制はクラブによる実際の負担額は同じままでより多い手取りサラリーを選手に提示できることに直結します。

昨季のサラリーとして報じられている金額を見ても、成長令の恩恵を受けての獲得となっていると思われるデ・リフト、ラムジー、ラビオ、ダニーロらには、従来では考えにくい高額な手取りサラリーが支払われている事が分かります。ラムジーやラビオに関してはフリー移籍での獲得という要因もありますが、それでもこれまでのフリー移籍での獲得選手と比べてその金額は大きく上回ります。

これらの金額は、成長令の恩恵を受けていない選手達からすれば、羨ましいほど高いということになります。

なおこの減税措置が適用されるのは5年間までとされていますが、”扶養家族がいる”もしくは”イタリア国内に住居を購入して所有する”といった比較的簡単な条件を満たすことで更に5年間の延長の申請が出来るようになります。これはデ・リフトのように所属が6年目を数える事が現実的なクラブの中核選手であっても、最大で10年間までは成長令の恩恵が受けられるということになり、イタリア各クラブの補強戦略に大きな影響を与える非常に強力な制度です。

本筋とは全然関係ないですが、20歳として過ごした1シーズンだけでユベントスの中核選手とはっきり言い切っても誰も違和感を覚えないだけの地位を確立したデ・リフトの凄さは本当にどれだけ褒めても足りません。それも肩の状態が万全ではない中でという事実には、もはや驚愕するばかりです。

この①と②だけでも長期化要因としては十分なところです。具体的には手取りサラリーの金額でデ・リフトと比較をした場合にどうかという点だけを見てディバラの代理人が交渉をするのであれば、ディバラは成長令の恩恵を受けないという点が問題となり、クラブの実負担額で考えると不当に高い金額を要求されることとなってしまうので、交渉が長引いてしまうのも当然です。ただし成長令の影響を度外視する言い分は筋が弱いという点は代理人側にも当然明らかなはずであり、これで一歩も引かずに強気な交渉をし続けられるような材料とも思えません。

 

 

そこで他の要因がないのかを更に深掘りして考えていきたいと思います。

③肖像権の問題

ディバラの契約に関して時折触れられる事があるのは「肖像権の問題」です。特に昨夏のプレミア・リーグへの移籍が実現に至らなかったのは、この影響によるものであるという報道が多くなされました。今回の契約延長交渉に当たっても、まずはこの問題の解決が必要であると触れる記事をCdSなどでも目にしており、信頼のおけるジャーナリストであるアグレスティもこの点に言及しています。しかし、それがそもそも具体的にどういう問題であり、契約延長にあたってどういった点の解決が必要なのかを詳しく触れているのは見た事がありません。果たしてこの肖像権問題が本当に契約延長交渉における妨げとなっており、交渉の長期化を引き起こしているのでしょうか。そこを考察するには、まずこの問題の経緯と状況をもう少しよく理解する必要があります。

*当初はこの問題だけで詳細に語る一本の記事を考えていたくらい延々に長くなる内容ですので、ここでは一旦結論だけここに記すことにし、具体的な考察は本記事の最後に回すことにします。

結論としては、契約延長に当たってこの問題の解決が必要である可能性は確かにあります。ただ客観的に見られる状況証拠からは、少なくとも今回の契約更新の長期化の主要因からは、肖像権の問題は除いても良い可能性が高いのではないかと思います。

そうなってくるとやはり長期化を引き起こしているのは①と②という事になってくるのでしょうか。

 

ここでもう一つ、各メディアやジャーナリストがあまり具体的に考慮して来ていないように思える視点があります。それは新型コロナウィルスによるダメージを緩和するために発表されたFFPの特別措置により、ディバラ側が新たな交渉力を手にしているという考え方です。

④FFPの特別措置が生み出した今季の移籍市場の特異性

このFFPの特別措置は、新型コロナウィルスにより大きな経済的影響を受けた昨季(19/20)と今季(20/21)に関して、FFP上で特別な取り扱いを実施するとUEFAが公表した物です。その中でも最も大きな対策となってくるのは、通常は3年間の通算利益で判断するブレーク・イーブンの判定期間を、本来は17-20の3年間とするタイミングでは17-19の2年間に変更し、その翌年となる通常は18-21で判定するタイミングでは17-21の4年間で判定するように変更するというものです。更に後者に関して言えば、19/20と20/21の2年間をFFP上は実質的に1年間として取り扱うという特別措置がなされます。具体的には両年の最終収支を合算し、それが黒字であればそのまま、赤字であれば半分にすることで1シーズンの結果として扱うというものです。つまり17-21の監査においては、17/18、18/19、19/21の”3年間”の合計でブレーク・イーブンの判定がなされることとなります。

特筆すべきはこの19/20と20/21の2年間の合計が赤字であれば半減されて1年分として扱われるという点です。これはユベンティーノとしてはあまり喜ばしいニュースではないのですが、例え現在の移籍市場でディバラ放出で移籍金100Mを得て、そこから発生する約90Mのキャピタル・ゲインを他に使わずにそのまま利益として計上したとしても、それでユベントスの19/21の2年間の収支が赤字を回避出来るというのはあり得ない話です。もっと極端な例えとしては、今季セリエA10連覇を達成し、コッパ・イタリアも制して、悲願のUCLでさえも制覇して3冠を達成し、なおかつその上でロナウドとディバラを放出したとしても、それでもまだ予想される最終結果は赤字なのです。つまり、どうやっても赤字です。

そのためFFPの計算上は19/21を1シーズンとして勘案し、2年の合計が赤字であれば半減するという特例措置が、ユベントスの場合は少なくとも17-21の監査で1度実施される事が確定しているという事になります。これはつまり、今季の移籍市場でディバラを放出した場合、FFP上で勘案されるキャピタル・ゲインの恩恵が最低1度は半減するというロジックに繋がってきます。

もちろん売却収入をそのまま利益に計上させるという考えをせずに、得た資金で新たな支出を発生させることでこれによる”被害額”を緩和する事は可能です。つまりディバラを放出して、代わりの選手を獲得するという一般的なオペレーションになります。ただし、そうすると売却移籍金が一括で計上されるのに対して獲得は契約年数での償却になるという仕組みが問題となって来ます。つまり既に赤字が確定しているユベントスにとって、FFP上の最低1度の半減処理が確定するのは、売却で獲得する移籍金の収入は全額獲得で発生する移籍金の償却は初年度発生分のみとなります。当然のことながら、これでは釣り合ってきません。現時点で確定している情報からは、単年契約という現実味が薄い獲得でディバラを置き換えでもしない限り、この被害を回避する効果は限定的ということになります。そのためFFP上での今季の移籍市場におけるディバラ売却の価値は一部毀損しているという点は間違いなく言えるようになっています。

この19/21の2年間を1年として扱うという特別措置が適用されると現時点で発表されているのは、あくまでも17-21の監査対象期間までであり、それ以降の監査においてこの2シーズンがどう取り扱われていくのかはまだ何ら公表されていないという点には留意が必要です。ここまで「最低1度」と強調して来ているのはそれが理由となります。とはいえFFPの枠組み自体がこのまま維持されるのであれば、直後にまたこの2年間を単年に切り戻すのというのも極めて非現実的です。ユベントスの選手達が他に先駆けて自主的に実施を決めた「給与の後ろ倒し」など、本来19/20に入るべきコストが20/21に後ろ倒しされて計上されるという措置が欧州全体で広く行われており、更にはコロナ禍により本来は会計年度と一致するはずの各国のシーズンがずれてしまっています。なおかつ国やリーグによりそのずれ度合いも大きく異なるという点も重大な問題です。これらはUEFAが今回発表した2年間をまとめて1年間として扱うという措置により、合理的な解決がなされました。そうなると次の監査対象期間でも同様の措置を継続して18-22の”3年間”で監査するというのが、FFPの枠組みを維持した上では今のところ最も可能性が高いように思われます。(現状の本命は”FFPの大枠そのものが変わる”かもしれませんが)

いずれにせよ「一度FFP上におけるその価値が半減する事が確定しており、その後の見通しは立たないが非常に疑わしい」という状況は、価値が毀損していると考えるに十分なものです。

直近のユベントスにはディバラの放出だけでなく高額なキャピタル・ゲイン獲得のもう1つの切り札がありました。それは既にアルトゥールとの交換トレードの形で切ることになった、ピアニッチの放出です。しかしピアニッチ放出によるFFP上の効果は、今回の特例措置によって既に目減りしてしまっているという観点が成り立つこととなり、これもユベントスにとっては一つの痛手となっています。こうした状況下において、経営をも転換しうるディバラ放出という残された最後の切り札を、先の見通しが全く立っていない中で、なおかつ平時に比べて確実に価値がいくらか毀損した状態で切るという判断を下すことは出来るでしょうか?

もう一つ重要な要素となってくるのは、FFPの視点で見たユベントスの現在の経営状況です。現在既に17-21のFFPの監査をクリアするために多額のキャピタル・ゲインの獲得が必須であるという状況下にあるのであれば、例えその価値が目減りしていようと関係なく実施せざるを得ないものであり、温存という考え方は効かなくなって論理が破綻するからです。

そこでユベントスの決算内容に目を向けてみると17/18は19.2Mの赤字、18/19は39.9Mの赤字、19/20は”上半期”までで既に50.3Mの赤字が公表されており、9月18日に予定されている取締役会で正式に承認される年間確定額の見込みは約70Mの赤字。20/21はまだ推定となりますが、従来通りの動きであれば200Mをも超える可能性がある巨額の赤字が見込まれており4季連続赤字となることが確定的な状況にあります。つまり、17-21に関して言えば、監査対象となる4年間が全て巨額の赤字と思える事態です。これはもう、絶望的な状況でしょうか。いよいよFFPの毒牙により、ユベントスが築き上げてきた王国が瓦解するタイミングを迎えてしまったのでしょうか。

ところが、例えまだ確定していない20/21を多めの300Mの赤字として考えたとしても、実はこれでもまだひとまず17-21のFFP監査まではディバラ放出といったチームの価値を損ねる荒療治まではせずとも乗り切れる見込みなのです。その理由を詳細な数値で触れると既に2万字を超えているこの記事が終わらなくなりますので別の機会にしますが、その最たる要素だけ箇条書きで触れると、前述のFFPの特例措置が大きな役割を果たすことは当然として、
① ユーベの決算数値であるIFRS上の数値とFFP上で計算される数値のズレ
② ユーベが16/17ならびに15/16で記録してきている黒字
が大きな理由となってきます。

①に関してはスタジアム/施設といった固定資産への投資・ユースやBチームなど育成関連の投資・女性チーム関連の投資・コミュニティーへの投資などがFFP上の費用からは除外されて計算されるという事に起因します。Bチームや女子チームの新規設立などを顕著な事例として、ユベントスは直近でこうした要素に極めて積極的にお金を使ってきたクラブです。また更に19/21においては、新型コロナウィルスの直接的な影響によって発生した収益の減少について、18/19の収益を一つの基準値として、FFPの計算上では救済措置が取られることとなります。

一方で収益の方では、オーナー等の関連会社からの収益などで市場価値を不当に上回るものがあれば適正な市場価値にまで減算してFFP上は勘案するという処理があるのですが、ユベントスとそのオーナーであるエクソールはこれまでもこの点には細心の留意を払った動きを見せており、特に心配する必要はありません。

これによりどの年度においてもユベントスが公表しているIFRSの数値よりもFFP上の数値は軒並み改善されているということになり、決算上は赤字でもFFP上は黒字という年度があります。

②はそもそも黒字を出しているクラブが少ないためあまり日の当たらないポイントなのですが、FFPの仕組みでは監査対象期間となる3シーズンでブレーク・イーブンを達成出来ていない場合は、そこから更に2シーズン遡って計上してきた利益で補っているという主張が出来るようになっています。つまり過去に安定して黒字を出して来ているクラブにとっては、FFPは直近3シーズンではなく5シーズンの監査という形に出来るのです。ユベントスの場合は今回の特例措置を受ける17-21の4年間では絶望的な数値ですが、15/16にIFRS上の数値でも4.1Mの黒字、16/17には同じくIFRS上で42.6Mという大きな黒字を計上して来ていることにより、15-21の6年間の合計数値では特に大きな対策を打たずとも、資本注入によって賄う事を条件に許容されている30Mの赤字までの範囲で何とか収まる見込みというのが現在の状況なのです。

ここでもう一つ勘案すべきはキャッシュ・フローの問題です。FFP上の特別措置は実際の資金の流れであるキャッシュ・フローには何ら影響を与えません。手元に資金が不足しているという点が問題だとすれば、それによる選手の売却という動機は生まれ得て、その必要性が逼迫したものであるのならば、FFP上の恩恵が目減りしていても選手売却は関係なく行うべきものとなってきます。しかしキャッシュ・フローはPLやFFPとは一切関係がないところで改善が可能な問題であり、特にユベントスは近年そうした方向で積極的な動きを見せているクラブの一つです。顕著なのは本年1月に完了が報告されたばかりの300Mの増資です。

新型コロナウィルスによる影響を受けて既にこの300Mは使い切ったという報道もされていますが、この領域ではオーナーであるエクソールという強力な後ろ盾によるバックアップを、何らの疑いも招かない正当な形で得られるというのが心強い点です。前述の増資もエクソールが保有割合を維持するだけの参加を確約するという全面的な賛同を元に実施されており、ユベントスはクラブの価値を損ねるような選手放出をしてまでキャッシュ・フローを賄う必要にまでは追い込まれない可能性が高いと言えてきます。

ディバラ放出は間違いなく経営面における最後の切り札になり得るカードです。現状はそれを使わざるを得ない状況にはなく、今季の移籍市場はその効果が平時と比べて大きく毀損しているといえる特異な状況であり、更にはその先の見通しが全く付かないことからこそ何よりも温存しておきたいというカードでもあります。

これにより100%とまでは言い切りませんが、ディバラはクラブにとって99%今季の市場では放出出来ない選手になっています。少なくとも絶対に今季だけは放出したくないという、これまでにはなかった特殊な力が働いています。クラブの経営陣にとっては、積極的に放出に動いた1年前とは180度置かれているポジションが転換している状況です。では来季の放出で考えたらどうかというと、来季の放出もFFP上での扱いは現時点で誰にも見通せない状況となっており、何よりも契約最終年となるためそもそも移籍交渉での好条件が望みがたくなるという致命的な弱点を抱えます。

今季はどうしても放出出来ないという力が働き、来季は契約最終年。それに加えて誰の目からのはっきり分かるMVP受賞という結果もあります。これだけ優位な土壌での交渉ならば、代理人は全力で張り切るのが当然というのが現在の交渉長期化の一つの結論として見えてきます。特に今のディバラの代理人は昨年から任命されたところであり、ディバラに関しては所属クラブとの初めての契約延長交渉に当たっているということになります。クライアントであるディバラをこれまで以上に喜ばせるような結果を残したいという特別なモチベーションがあっても自然ではないでしょうか。

こうした要素がある一方で、ディバラ本人が事あるごとに表明して来ているクラブ愛と残留を望む気持ちは素直に信じています。そうした気持ちが今はまだ自身の収入だけでなく代理人の収入にも直結している高額なサラリーという好条件を引き出す代理人の仕事そのものを否定するところにまでは至っていないとしても、必ず歩み寄りを見せる時は来てくれるはずです。ユベントスとしてもそもそも9連覇の実現に多大な貢献を果たした10番の放出は最初から考えてもいないはずであり、新体制の関係者の誰もがクラブの核となる選手と明言してきています。契約延長交渉は長期化していますが、最終的には必ずどこかで両者が納得する形で折り合いはつく時がやってきます。もはや一喜一憂することもなく、その”ディバラとの契約が延長されました”という公式発表をただ静かに待つのみというのが、考察した上での現在の私の率直な心境です。

なお④の要素は当たり前ですがディバラだけに限った話ではありません。更に言えばユベントスだけに限った話でもありません。UEFAの欧州戦への参加が見込まれて19/21の赤字が確定的な欧州クラブ、つまり欧州の大概のビッグクラブが対象となってくる、今季の移籍市場に働く特殊な力です。ユベントスを筆頭として平時であれば全ての経営陣が大好きなはずである、売却によるキャピタル・ゲイン獲得の魅力が一時的に弱まっているのです。この力がフルに働くためには17-21のFFP監査を確実に乗り切れる見込みという前提付きであり、この条件を満たすと言えるクラブは少ないというのは事実ですが、そこさえ欠かないのであれば積極的な売却は避けようという力と、今季に計上されるコストはいつもよりも積極的に使えるという力が働いてきます。

ユベンティーニにとってより身近な具体例で行くと、ルガーニとロメロのどちらの放出を選んで決断出来るのならば、ロメロの方が望ましいと思わせる力が働きます。これは絶対的に決断を決めるまでの強い力ではなく、あくまでも判断の一要素というレベルですが、簿価が少なく売却によるキャピタル・ゲインが見込めるルガーニのような選手は、ひとまず今季の放出はやめておきたいと考えさせられる要素が新たに生まれています。これに加えてルガーニが生粋のユベンティーノであるという点、トリノに骨を埋める覚悟が感じられる自宅を用意している点、デミラル以下という現在の扱いにも大きな不満を表明しておらず控えとしては非常に扱いやすい選手である点、あと数年で重要性が増してくる可能性が高いリーグ内育成枠(更に言えばFIGC基準ではクラブ内育成枠扱い)に入るという点、高めの年俸にも少なくとも一度はFFP上の半減効果が見込めると言える点、そして何よりお父さんが今回は何故か全然怒っていなかった点なども考慮すれば、この二者択一でルガーニの方が残留したとしても全く驚きを感じる事はありません。

これはまたBチームやプリマベーラ所属の選手達に代表されるような簿価の少ない選手全般に対しても言えることであり、そうした選手らに対しては今季の市場で完全移籍による換金をするのではなく、例えば放出するにしても1年間のレンタル移籍にしようといった考え方が出てきます。ただし、彼らの場合は金額そのものが少なく相対的な被害額が大きくならないということと、いくら価値が目減りしているからとはいえキャピタル・ゲインはどれだけあっても困らないものであり、不測の事態への備えも考えたらある程度の取引は予想されてきます。

同様の力は例えばラムジーの放出についても働きます。ラムジーはフリー獲得による恩恵で現時点での簿価が約2.6Mと少ないため放出による大きなキャピタル・ゲインが見込め、貢献ぶりに対して高額なサラリーが問題となっている選手です。しかしこの2つのどちらの要素に対しても今回のFFPの特別措置は少なくとも一度は半減させる力が働きます。つまり売却から見込めるキャピタル・ゲインの効果は目減りし、高額なサラリーもFFP上は半分で計算されてくるという見方が出来るので、今季分は耐えやすいという状況です。もう一つ無視できない点は、ラムジーを今季放出する場合はこれに加えて成長令の懲罰金の問題が発生するという事です。前述の通り成長令の適用は税務上で2年間のイタリア居住が条件となっていますので、今夏に放出するとその要件を満たさず、これまで減額されていた分が追徴課税される形となります。ユベントスとしては減税分を上乗せしたサラリーの設定で考えていたはずですので、これは当初の想定から外れる追加出費となります。それでも移籍金によるキャピタル・ゲインの方が遥かに大きく、平時であればこの追加出費はそこまで気にすることでもないのですが、今季の特殊な環境を鑑みると、この要素も見過ごせないものの一つに思えてきます。もちろんこうした経営面での数値判断の前に、チームとしての戦力面での判断が何よりも優先されるべきではあるのですが、いずれにせよラムジーについては来季まで判断保留としたくなる要素が複数あります。

交換トレードとそれによって可能になる双方での移籍金の過剰評価という直近のFFP対策手法として近年非常に多く見られる手法も、今回の移籍市場に限ってはその有用性に疑問符がついてきます。前述の通り収益と費用で半減の対象範囲が異なるため、同額の交換トレードをしてもFFP上では合計額で釣り合わなくなってきます。移籍金を水増しすることは、短期的な改善効果は目減りするものの十分に残りますが、合計額が釣り合わないという傷口を更に深める諸刃の剣となります。そのためこの視点を無視した噂はどうしても説得力に欠けてきます。誰かを獲得するには誰かを放出したいというのは当たり前のロジックであり、それ自体は今季も何ら変わりないのですが、それを同じクラブ相手での交換の形に仕向ける力が今季に限っては平時よりも弱いのです。具体的にはラムジーとケーンの交換トレードとか、UCLの登録枠を考えればこのデメリットを差し置いても実施する価値は十分にある取引の一つなのは間違いないため実現の可能性そのものは否定しませんが、その噂の中では上記のように今季発生している特異な事情の数々についても触れて欲しいなと思うところです。

 

 

参考:ディバラの肖像権問題について

ディバラの肖像権問題の全体像については詳しくまとめられているものが見当たらなかっため、過去の情報を個別に収集する形となっています。それぞれの内容に矛盾があったりもするため、可能な限りの情報を元に間を推測で補うような、どうしても不完全な考察となっておりますので、この点はご了承ください。まずは時系列で見ていきます。

a) ディバラはアルゼンチンのインスティテュートACコルドバから2012年の7月にパレルモに移籍してイタリアにやってくる際にも、当時はFIFAも認めていた選手の経済権(移籍金を受け取る権利)の第三者保有と、それに絡んだ代理人関連で、大きな利権トラブルに巻き込まれています。この移籍に関連してはその後パレルモ会長のラジオによる暴露でインスティテュートの不正な会計処理が明らかになり、インスティテュート会長の辞任とその後の逮捕などにも繋がってくるのですが、それは今回の件とはまた別の話です。ひとまずここで重要なのは移籍にあたって代理人関連で大きなトラブルがあり、その裏ではこの時点では代理人として任命されていない12歳離れた兄であるグスタボと7歳離れたマリアーノが積極的に暗躍していたと思われるという点になります。

b) ディバラはその後2012年中に新たな代理人としてイタリア人のピエルパオロ・トリウルツィと契約。これにより兄達の影響も遠ざかることとなり、a)の問題は終息していくこととなりました。

c) 2015年6月にユベントスへの移籍が公式発表され、ディバラは7月から正式にユーベの一員となりました。

d) 2016年内にディバラは有効期限を10年間として、その当時も代理人であった前述のトリウルツィ氏が保有または経営に大きく関与するマルタ共和国所在のStar Image Limited社に自身の肖像権を売却しました。これが現在の肖像権問題の全ての引き金となっています。

e) 肖像権売却による具体的な影響が最初に現れたのは2017年2月。ディバラはプロ入り以来ナイキのスパイクを履き続けてきていましたが、このタイミングでそれをロゴやデザインが分からないように完全に黒塗りして使用するようになり、ナイキとのサプライヤー契約がシーズン中である1月末という一般的ではないタイミングで中途解約されたことが窺われます。後から判明するその理由はStar Image Limited社が主導してナイキとの契約を終了させ、より好条件の新規サプライヤー探しを開始しており、最終的にプーマとの新たな契約を締結したというものでした。しかし、ディバラは公式な形でプーマのスパイクを履く事はなく、結局それからはナイキ/プーマ/アディダスのスパイクをロゴやデザインが分からないように真っ黒に塗りつぶした物を公式に着用し続けるようになります。これが今回の肖像権を巡るトラブルが対外的に見えた最初の具体的な兆候だったと言えます。グスタボとマリアーノを中心として、プーマとの契約がディバラの価値に見合わない不当なものであるという主張を実施していると報じられており、結果としてディバラはStar Image Limitedとプーマとの間に締結された契約内容を一切履行することはありませんでした。

f) 2017年3月、ディバラのオフィシャル・ウェブサイトとしてpaulodybala21.comが開設される。このタイミングで初披露となったディバラのオリジナルのロゴを使用したアパレル商品の販売がウェブサイト上で開始される。同じタイミングでStar Image Limited社が”DYBALA”ならびに”PAULO DYBALA”の衣服・靴・サングラスなどの分野における国際商標を取得しており、この動きは同社主導の物と見て間違いがないところ。ディバラもこの時期は一時的に前述の黒く塗りつぶしたスパイクに自身のロゴを入れているなど、まだStar Image Limitedとの決裂が発生していない事が想定できます。そのため前述の「プーマ問題」を引き起こしたプーマ社との具体的な契約締結時期は、f)とg)の間の可能性が高いと言えます。

g) 2017年8月、ディバラ側が決定的なアクションを起こします。代理人であったトリウルツィを突如解任し、兄であるグスタボとマリアーノを後任の代理人としました。同時にStar Image Limited社と締結していた10年間の肖像権売却の契約についても破棄を通達。それによりStar Image Limitedが締結したプーマとの契約も無効と主張しました。ただしこれらは契約書上の中途解約条項などに適切に基づいた対応ではないとされており、ディバラ側の一方的な主張としてその有効性が争われることとなっていきます。

トリウルツィを一方的に解任した件については、具体的にスポーツ仲介裁判所への提訴がなされており、その結果としてディバラはトリウルツィが得られるはずだった一定額のコミッションを支払う必要があるという、敗訴と言える判決が2018年2月に下されているという報道もあります。

h) 2017年12月、GdSがディバラの抱える一連の契約問題と、ユベントスがクラブとしてその解決に仲介する意向である旨を報じました。特にプーマとの間に抱えた契約問題に関して、マロッタが直接介入する意向を表明するものでした。クラブによる支援のもと、原則として契約書に記載の罰則条件を受け入れることによる穏便な解決方法を推し進めたと思われています。ここには既にこの時点でユベントスのスポンサーでもあり、壮大な兄弟喧嘩の歴史も持つアディダスの関与も噂されることとなりました。

ちょうど同じ頃にネドベド副会長は「ディバラは私生活で犠牲を払ってでもピッチに集中する必要がある。クラブは必要な時にはいつでも話を聞く存在」と発言しています。これを受けて主将であるブッフォンもより良い選手になるための忠言として、ディバラにこれを聞き入れるように公に発言しました。これらはディバラが当時見せていた試合での不調とも連動した発言であり、こうした内容が報道されるにつれてディバラの練習態度や私生活の問題であると噂されることが多かったですが、時期的にはこれらの契約問題についての言及のようにも思えてきます。

i) その後2018年に入ったところで、ディバラはアディダスと正式なサプライヤー契約を締結しました。それ以前からアディダスの用具をよく使用するようになっていましたが、スパイクの黒塗りは継続しており、このタイミングでそれが解かれることとなりました。この時点で少なくともプーマとの契約問題がユベントス/アディダスの協力・仲介もあり解決したことと、Star Image Limitedと決定的な対立がある中でも、ディバラが新契約を締結出来るようになっている何らかの理由があることが窺われます。

j) 2018年2月に配信開始となったネットフリックスによるクラブ密着ドキュメンタリー番組では、ディバラは試合映像や練習風景にてチーム全体の一人として自然に映り込むものを除き、基本的に出演する事はありませんでした。ここでまた肖像権問題に関連した動きではないかと報じられています。

k) 2019年夏、マンチェスター・ユナイテッドならびにトッテナム・ホットスパーへの移籍が噂されるようになり、肖像権問題の報道が再燃。Star Image Limitedから両クラブへ法的に肖像権を保有している旨と、ディバラに対して約40Mの訴訟を実施しており、Star Image Limitedの了承なく肖像権を含む契約を結ぶことは、その訴訟の当事者に加わることになるという警告を送ったとしています。

ここまでがディバラの肖像権問題に関する、時系列による経緯です。

ディバラが肖像権の問題を抱えているということそのものは、否定のしようがない事実と思われます。2017年8月に契約無効を通達しておきながら、昨年の時点でもStar Image Limitedの主張を一方的に退けられるだけの確固たる根拠は持っていないという点が明らかになってきているからです。しかし今回の検証で重要となのは、その問題は果たしてユベントスにとっても問題なのかどうかとなります。

まず注目したいのはStar Image Limitedへの肖像権の売却の時期です。一部パレルモ在籍中と曖昧に表現する記事もあるのですが、より具体的に年数を出しているところでは2016年に実施されたということになっており、こちらの方が信憑性が高いように思われます。であればディバラにしてみれば憧れのトップクラブで最初のシーズンを終えたばかりの22歳のタイミングであり、前年に結んだ2020年まで続くユベントスとの契約の最中となります。確かに15/16のシーズンでディバラが見せた活躍は、誰の期待にも応える素晴らしい物でした。しかしこのタイミングで果たして所属クラブに対して肖像権に関して現契約を見直して欲しいというような交渉を持ち掛けるでしょうか?また、クラブもそれを容認するでしょうか?

この点からは、肖像権の売却の動きは少なくとも所属中のユベントスにとって大きな負担とはならない内容のものだったという事が想像できます。つまり、Star Image Limitedとユベントスの間で新たに肖像権についての交渉からやり直す必要が出るような性質のものであったとは思いがたいところです。とはいえ、例えば自身の名義としていたものを同内容で会社名義に変えるというだけならクラブに大きな負担をかけるものではなく、また肖像権についての会社名義での契約は選手・クラブ双方の節税目的として一般的とも言える内容であることから、このタイミングでStar Image Limitedとユベントスが肖像権契約を締結し直した可能性そのものは否定出来るものではありません。

前述のネットフリックスのドキュメンタリーの中で「クリスマスのプロモーション動画への出演は選手との契約事項に入っている」という言及がありました。こうした点や一般的な常識から鑑みてもユベントスが所属選手の肖像権使用に関して加入時の契約の中で何かしら触れているのは明白と思えるところであり、そうなってくればやはりディバラの肖像権の売却はその条項と積極的に対立するような性質のものではなかったのではないかという想像が出来ます。ただこれも前述のような実質的な名義変更による締結し直しを否定するものではありません。当初から肖像権利用部分が切り分けられて別の契約となっているなどして、肖像権に関する報酬部分が明確に示されていたとしたら猶更です。

クリスチアーノ・ロナウドも肖像権を第三者に売却している事で知られる選手ですが、ユベントスに加入してもその点における問題は一切発生しておらず、クラブは様々な場面でロナウドを積極的に広告塔として起用してきています。彼が人類最高の広告価値を持つとも言える存在であるにも関わらずです。その主要因と思われるのは、ロナウドは肖像権を売却したものの、所属クラブによる肖像権の使用に関しては対象外としていたからです。

クラブによる起用ぶりという観点で見るならば、ディバラに関してもロナウドと同じことが言えます。肖像権売却の動きを見せた後や、それに絡む問題が公になってきた後も、クラブそのものがディバラの肖像権を使用することをためらっているそぶりを見せたことは全くなく、むしろロナウドと同様にあらゆる場面で積極的に起用し続けてきています。そこからはユベントスとディバラの間には肖像権利用による問題が発生してきていないという事が窺われます。ここで浮かんでくる仮説は、ディバラの肖像権の売却契約も「所属クラブによる使用は対象外」というロナウドと同じような条件になっているという可能性です。

何しろ売却を実施した時点でユベントスとディバラは既に肖像権の利用に関する契約を結んでいる状態であり、ディバラが既に得ている報酬にはその分も含まれているという状況になります。その状態で肖像権を売却するのであれば、既存の契約は除く形とする事が合理的な解決策に思えます。また自身の所属クラブと肖像権の使用で第3者を通じて揉めるというのは選手にとっても理想的な状況とは思い難く、その点からも単に既存の契約は除くというだけでなく、所属クラブによる使用は除くとするのは妥当でスマートな解決策に思えます。

ディバラの肖像権問題は、折に触れて広くマスコミで報じられてきていますが、ユベントスそのものがディバラの肖像権を利用するのに苦労しているという報道や、実際にそうした裏事情があるということを思わせる兆候はこれまでほぼありません。強いて言うならばネットフリックスの一件ですが、クラブのスポンサーでもない会社による密着ドキュメンタリーの作成は基本契約による肖像権使用の範疇に当てはまらないものであったり、また最も微妙な時期での撮影だったため、先方が訴訟リスクに過剰反応したという可能性も考えられます。クラブ関係者やディバラ側の代理人といった当事者による直接の発言においても、契約延長にあたって肖像権のトラブルを具体的に問題視してきたものはありません。Star Image Limitedもプレミア・リーグの移籍報道の際とは異なり、契約延長やユベントスによるこれまでの使用に関して具体的に問題提起していると報じられているということもありません。だとすれば、上記のような条項が入っている事により、これはユベントスにとっては問題ではないという可能性が感じられます。非常に楽観的であり、そうであって欲しいと願うような仮説ではありますが。

ただ、もしも所属クラブによる利用は制限しないという条件付きで売却していたのだとしたら、何故プレミア・リーグでの移籍の際に大きな問題になったのかという新たな疑問は出てきます。ロナウドの肖像権についてユベントスが特段の対応をしたとは思えないのに、何故ディバラの移籍ではそうならないのかというものです。これについてはそもそも新クラブとの契約において具体的に何が問題となったのかという点が重要になるのですが、100%の答えを持っているところはないように思います。

①プレミア・リーグ自体が法的に(他者による)肖像権の保有という概念を認めていないからとしている根拠が薄そうな報道もあれば、②リーグの基本契約に肖像権利用に関する規定があり、クラブはトップチームの全選手を同等の比率で肖像権使用する事が義務付けられており、その範囲外となる利用は別途の個別契約の締結が求められているとするもの、あるいは③ディバラの既存の個人スポンサーと新クラブのスポンサーで事業領域が重なるなどで調整が必要となるが、その問題の解決が出来ないからとしているものなど、弁護士ら法務の専門家がそう語っている記事が目につきます。

プレミア・リーグの「基本契約書」の具体的な内容はオンライン上で簡単に見付けることができ、4条に確かに肖像権に関わる規定や、選手の肖像のプロモーションや商業利用に当たっては、その選手の他に3人以上の他の選手がいる集合利用の場合を除いて、トップチームの全選手の平均的な利用比率を特定の選手が大きく上回ってはならないとしている事が確認できます。例えば「所属クラブによる通常契約の範疇による使用は除く」として肖像権を譲渡していたとしたら、この点を逸脱した利用について別途の契約を締結しないことには明確にクリアできないという恐れは感じます。

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またクラブだけでなくリーグによる使用についても言及がなされており、この点がセリエAと大きく異なるのであれば、現在の除外条項とは相いれないという恐れもあります。

③については例外として基本契約内でも認められている内容ではありますが、それでも既存スポンサーとの契約内容の方に反する恐れは高く、細かな調整が必要になるという点は想像出来ます。その一つ一つにStar Image Limitedがいちいち声をかけてきて、新クラブにも対応や責任を求めるのだとしたら、確かに面倒です。

いずれにせよ「所属クラブによる使用は認める」という特例だけでは解決できない恐れが感じられる内容であり、逆に言えばそうした条項が存在するという仮説を否定しきるものではないと思います。ここでは更に、この特例がないものとして、別の観点でも考察していきます。

プレミア・リーグへの移籍報道にあたり、Star Image Limitedがディバラに対して40Mの損害賠償を訴訟で争っているという情報を出している事から、2017年8月の一方的な契約破棄の通達以降、ディバラは契約が破棄されたものとしてStar Image Limitedを間に入れることなく新たな契約を締結して来ている可能性は高いと言えます。この点で見るとアディダスやその後に契約しているディバラ個人のスポンサーは、Star Image Limitedから今回と同様の警告状などを受け取った上で、訴訟に巻き込まれるリスクを抱えてディバラと契約を締結しているという可能性があります。その中にはリスク回避のためにStar Image Limitedに別途の対応をしているところもあるかもしれません。

この視点から見るとユベントスが今現在既にそれらの会社と同じポジションにいるのかどうかというのが一つ重要なポイントになってきます。もしもユベントスが既にStar Image Limitedから警告を受けるなどの訴訟リスクを抱えていたり、Star Image Limitedに対して別途の対応を行っているという状況にあるというのであれば、その状況を著しく変えるものではない契約の延長がそう大きな問題になるとは思えません。

逆に大きな問題になるとしたら、ユベントスとStar Image Limitedの間に現在は軋轢はないものの、契約更新によりそれが新たに生まれるという状況です。具体的には現在の2020年までの契約における肖像権利用に関してはディバラとの完全な同意の元でStar Image Limitedと締結をしたという状態になっているものの、新契約に含まれる肖像権利用の部分についてはStar Image Limitedの許諾が新たに必要となっており、それがなければユベントスは法的リスクを新規で抱えるという状態です。ディバラとの契約延長は初めての事ではありませんが、現契約への延長が発表されたのは2017年の4月であり、時系列を見るとこの時期にはまだStar Image Limitedとの間に決定的な亀裂は生じていない可能性があります。そうなるとStar Image Limitedとの具体的な対立後に初めて迎えるユベントスとの契約締結という可能性が高く、このシナリオは大いにあり得ます。

もしも契約延長に当たって初めてこの問題に直面しているのだとしたら、ユベントスは訴訟に巻き込まれるリスクを抱える事になってもStar Image Limitedの警告を無視してディバラ本人の言い分だけを信じて契約をするのか、あるいはStar Image Limitedにも別途対応をするのか、もしくはプーマ問題の際に実施したようにディバラと協力して根本的な問題の解決に当たるのかといった選択が迫られることになってきます。これらはアディダスをはじめとしてディバラの肖像権問題が発生してから新たに契約を締結しているスポンサー各社が乗り越えて来ている壁と思われますので、ユベントスにとっても決して不可能なものではありませんが、こうなると交渉が長期化するのも頷けます。

ただ、こうした問題に直面する事態にあるのだとしたら、少し気になってくるのはディバラとStar Image Limitedの間に決定的な対立が発生した後も、ユベントスが何事もなかったかのようにディバラの肖像権の積極的な利用を続けていて、ディバラも表面上は何事もなかったかのように積極的な出演を続けてきたように見える点です。これはただの印象に過ぎませんので、もちろんただ契約内容を遵守した結果という可能性もありますが、そうしなかったからこそ引き起されたのがプーマ問題です。この非常にデリケートな問題が2017年8月以降も契約上は放置されている状態、つまりユベントスは契約上はディバラの肖像権に関してその後のディバラの主張や意に反してStar Image Limitedと結んでいるという状態ならば、ディバラ本人の視点からは無効な契約を元に動いているという形になり、反故にしたプーマとの契約と同様に破棄を訴えて自身名義で再契約とするのが然るところですし、そうでないのならばディバラ側の協力的に見えるような姿勢は望みがたいように思います。そしてこれが具体的に問題になっていたのであれば、プーマ問題の仲介をした際に合わせて解決を図るべきだった最たる問題の一つということにもなります。そこで何らかの措置が既になされているのだとしたら、契約延長に当たっても同じ処置を継続するというのがユベントスとディバラにとっての一つの解決策になるはずであり、そうなってくるとこの肖像権問題が交渉を長期化する要因になっているとは思い難いところです。

 

(了)

 


【月ユベ編集部より】

いかがでしたでしょうか?

月ユベに掲載させて頂いておりますので‘’手前味噌‘’になってしまうかもしれませんが、「この記事を書ける日本人がどれだけいるのか」と言うレベルだと思います。

そして、まさかの「ミノルの記事」からの「ディバラ祭り」になりましたが、これも月ユベ、これが月ユベ。

 

兎にも角にも、またr4lxさんには寄稿をお願いしたいと思いますので、SNSなり下段のコメント欄にて反響を頂けると幸いです。

お読み頂き有難うございました!

 

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