【Kan察眼】カルチョの世界も盛者必衰

今回は月ユベ執筆チームからKanさんの寄稿となります。鋭い観察眼からの記事をお楽しみ下さい。

 


カルチョの世界も盛者必衰

 

 

祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。

 

沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす。

 

驕れる人も久しからず、ただ春の夜の夢のごとし。

 

猛き者も遂にはほろびぬ、ひとへに風の前の塵に同じ。

 

 

こんにちは、Kanです。

これはかの有名な『平家物語』の冒頭の一節です。

この文章は、「全ての物事は移り変わっていくもので、長く同じところに留まることはできず、どれほど栄えたとしてもいずれは終わりが来る」ということを表しています。

 

 

 

ご存じの通り、現在セリエAにおいて首位に立つユベントスは8連覇中であり、最多37回(カルチョポリによる剥奪を差し引くと35回)の優勝回数を誇っています。国内8連覇を成し遂げている現在のユベントスは、間違いなく「黄金期」にあると言え、その黄金期を綴り始めたのは現在インテルの監督を務めるアントニオ・コンテ。09-10、10-11と2シーズン連続で7位に終わった次の11-12シーズンにユベントスの監督に就任すると、一気に3連覇。その後に引き継いだマッシミリアーノ・アッレグリも記録を途絶えさせることなく5連覇を遂げ、CLでも2度決勝へ駒を進めました。新たに招聘したマウリツィオ・サッリも試行錯誤を繰り返しながら、カンピオナートでは首位の座を守っています。

 

そんなセリエAの「黄金期」について触れてみたいと思います。

 

最初の黄金期

(左から バージニオ・ロゼッタ、ジャンピエロ・コンビ、ウンベルト・カリガリス。Trio del ragionieri <会計士のトリオ>と呼ばれ、ユベントス、イタリア代表において堅守を誇った。)

セリエA最初に黄金期を迎えたのは、1930-31~34-35シーズンにおいて5連覇を達成した我らがユベントス。当時のユベントスは1934年にイタリアにて開催された第2回のワールドカップにおいて初出場ながらも優勝を果たしたイタリア代表に、代表キャプテンも務めたGKジャンピエロ・コンビを筆頭に9人もの選手を送り込んだチームでした。ユベントスはもちろんのことワールドカップにおいて後に3回の優勝を果たすアッズーリの強さの礎をも築いたチームといえるでしょう。

 

 

悲劇の伝説 グランデ・トリノ

(抜群の強さを誇ったグランデ・トリノの面々)

セリエAの歴史について語る上では欠かせないのが‘’グランデ・トリノ‘’。こちらに関してはトリニスタ日本代表でもあるDinoさんが運営されている「トリノFC情報局」に詳細を記した素晴らしい記事がありますのでそちらを参照されてください。ここでは割愛します。

 

【グランデ・トリノの記事】

 

 

4人のバンディエラを擁して史上初の無敗優勝、栄光の3連覇

(ロベルト・バッジョと対峙するミランのカピターノ、フランコ・バレージ。)

1991-92シーズン以降、かの名将ファビオ・カペッロが監督の座に就いたミランは、そこから一気に3連覇。カペッロ政権初年度の91-92シーズンにはセリエA史上初の無敗優勝を達成しました。当時のミランはフランコ・バレージ、パオロ・マルディーニ、アレッサンドロ・コスタクルタ、デメトリオ・アルベルティーニの4人のバンディエラに加えてクリスティアン・パヌッチ、ズボニミール・ボバン、ロベルト・ドナドーニらを擁した最強チームでした。CLにおいても92-93~94-95シーズンには3季連続での決勝進出を果たし、93-94シーズンにはペップ・グアルディオラやロマーリオが在籍し、ヨハン・クライフが率いたバルセロナを4対0の大差で下して5回目の優勝を成し遂げました。

しかし96-97シーズンのオスカル・タバレス招聘を機に転落。のちにカペッロやアリゴ・サッキを監督に再招聘する事になりますが黄金期の復活には至らず。

 

17シーズンぶりの優勝、そしてイタリア初の「三冠」

(サンティアゴ・ベルナベウでバイエルンを下し、ビッグイヤーを掲げる主将ハビエル・サネッティとインテルの選手たち。)

2005-06シーズン、ロベルト・マンチーニ政権2年目のインテルはカンピオナートでは3位であったものの1位のユベントスの優勝剥奪、2位ミランの30ポイントの勝ち点減点により優勝が決定。1979-80以来、17シーズンぶりのスクデット獲得となりました。その後マンチーニは3連覇を達成するも監督を解任され、フロントはジョゼ・モウリーニョを招聘。するとモウリーニョは2連覇を達成し、インテルはマンチーニ時代とあわせて5連覇となり、2009-10シーズンにはコッパ・イタリア、CLも制覇してイタリア史上初の「トレブル」を成し遂げました。

09-10シーズン終了後にモウリーニョは辞任。チームは2010年のクラブワールドカップで優勝、初のクラブ世界一となるもセリエAでの成績は振るわず。ネラッズーリは低迷の一途を辿ります。

 

 

イタリアの老貴婦人、華麗なる復権

(2011-12シーズン限りで退団となったユベントスのレジェンド、アレッサンドロ・デルピエロがスクデットを掲げる。)

そして冒頭で述べたように、11-12シーズンからユベントスは8連覇を達成。黄金期の再来です。そこには選手や監督のみならず、クラブの会長であるアンドレア・アニェッリの多大なる貢献があったことは言うまでもありません。イタリア初のクラブ所有スタジアムであるユべントス・スタジアム(現在の名称はアリアンツ・スタジアム)の建設や大幅なクラブエンブレムの刷新など、革新的な手法でユベントスを欧州屈指のメガクラブへと成長させました。

 

しかし、いつの日かこの栄光の時代にも終わりは訪れます。

 

願わくば永く永く続いてほしいけれど、そうもいきません。

 

これまでに挙げた全ての時代が終わりを迎えたように、今のユベントスの連覇もいずれは崩壊するときが来るでしょう。

 

最近ではまたクリスティアーノ・ロナウドやフランク・リベリー、クリスティアン・エリクセンに代表される世界的なビッグネームがセリエAに集うようになり、かつての「セブンシスターズ」の頃のような時代が訪れる時も近いはずです。そして、ユベントスの優勝が途絶えるときにこそ、我々の愛するイタリア・セリエAは再び欧州最強リーグの称号を手にすることになるでしょう。

 

 

ここまで読んでいただきありがとうございました。

感想やご意見などありましたら、ぜひお寄せください。

(了)

 


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