【コラム】ジャンニ・アニエッリという男 (written by kassi)

月刊ユベントスでは「執筆チーム」を組み、編集長以外のライターからのコラムをお届けできる事になりました。その記念すべき第1回目は「ジャンニ・アニエッリ」に関して。いつもと違ったテイストの月ユベをお楽しみ下さい。(written by kassi


 

ジャンニ・アニエッリという男

 

ジャンニ・アニエッリという男をご存じだろうか?

 

ユヴェントスを応援している方なら一度は彼の名前を聞いたことがあるのではないだろうか。おなじみのユヴェントスの名誉会長の他にフィアットグループの会長でもあり、イタリア随一のセレブリティと言った一面を持っている。そんな彼のスタイルはイタリアのクラシックファッションのアイコン的存在でいまでも度々ファッション誌で特集される。まさにイタリアを代表するレジェンドである。

今日はそんなジャンニ・アニエッリという男について触れてみたい。ファッションに興味のある方もサッカーに興味のある方も彼の新たな一面を知っていただければ幸いだ。

 

アニエッリ家とユヴェントス

ジャンニ・アニエッリはフィアットグループの創始者であるジョバンニ・アニエッリの孫としてトリノで生を受ける。ジャンニの本名もジョバンニであるが、祖父と区別するため‘’ジャンニ‘’と呼ばれた。彼はトリノ大学で法学を専攻、弁護士を意味する「アヴォカート」の愛称で知られている。

ジャンニの父、エドゥアルドがユヴェントスの経営権を取得したのが1923年。以来、およそ100年近くユヴェントスとアニエッリ家の関係が今日まで続いていく。

 

ここからはアニェッリ家とユヴェントスの歩みを振り返ろう。

 

・ヴィッラール・ペローザ

プレシーズンの恒例行事にイタリアの小さな町ヴィッラール・ペローザで行われるユースチームとの練習試合がある。ここはフィアットグループの創始者であるジャンニの祖父、ジョバンニ・アニエッリの生誕の地であり、彼に敬意を表したこのイベントがユヴェントスとアニエッリ家の結びつきを示す象徴的なイベントなのだ。(尚、後半途中から観客が乱入して中断されるのがお約束となっているw)

 

・ジャンニとユヴェントス

ジャンニがユヴェントスの会長に就任したのは1947年、それ以降亡くなる2003年までは名誉会長としてクラブに惜しみない愛情を注いできた。

会長職としてクラブの経営に直接携わったのは1947年から1954年までだが、ミシェル・プラティニの獲得などクラブの重要な決断を後押ししたのはジャンニの一言だったという。多忙なジャンニであるが、彼はしばしばヘリでトレーニンググラウンドに降り立ち選手やコーチ達と対話を欠かさなかったそうだ(その様子は翌日の新聞のトップを飾る事になる)。そうしてユヴェントスファミリーとしての特別な一体感を常に示し続けていたのだ。

 

・ジャンニの愛したファンタジスタ

彼は中でも2人のイタリア人プレーヤーをルネサンス期の巨匠になぞらえて特別な愛情をそそいできた。ロベルト・バッジオとアレッサンドロ・デル・ピエロである。ロベルト・バッジオの優雅で力強いプレーはラファエロに、デル・ピエロの繊細なボールタッチをピントリッキォにそれぞれ例えられた。彼がプレイヤーを彼が愛した芸術家に喩えたのは彼ら2人だけだ。

ロベルト・バッジオとデル・ピエロのユヴェントスでの活躍はここで改めて言及するまでもないだろう。前者はヨーロッパ杯の前身であるUEFA杯を獲得しバロンドールに輝き、デルピエロはクラブのバンディエラとしてタイトル獲得はもちろん、Bに降格した際も真っ先にクラブに留まる忠誠心を見せ長年クラブに貢献してきた。

タイトルで使ったデルピエロに語り掛ける優しい表情をとらえた写真は剛腕で知られる彼のイメージとは少し違い、まさしく孫に語り掛ける家族の顔としてとても印象的だ。

 

・カルチョポリから暗黒時代、そしてアニエッリの帰還

2003年にジャンニ、翌年の2004年には実弟であり同じく会長職を務めたウンベルトが相次いで亡くなりユヴェントスファミリーは悲しみに包まれた。そして、2006年カルチョスキャンダルが発覚し、ユヴェントスはクラブ史上初のセリエBへの降格を言い渡された。新たに会長職に就任したコッボリ・ジッリ会長の元1年でセリエAに復帰するも、かつての力を取り戻すには及ばずチームは低迷した。

 

転機が訪れたのは2010年、現会長であるアンドレア・アニエッリが会長職に就任、時を同じくジャンニの孫であるジョン・エルカンがフィアットグループの会長職に就任。ついにアニエッリ家がユヴェントス帰還する。以降、2011年から今まで続く新たな黄金時代を築き上げ、ユヴェントスは再び栄光の道をアニェッリ家と歩み始めた。

 

 

ファッションアイコンとしてのアニエッリ

ここからは、ファッション誌を飾る今でも色あせないアニエッリのスタイルをご紹介したい。イタリア経済界への貢献は言うまでもがここでは割愛して、彼の華麗なるファッションを是非ご覧いただこう。まさに伊達男という言葉ががぴったりだ。

 

・シンプルイズベスト

上質な素材用いてシンプルでサイズがぴったりと合ったスーツに小細工は何も必要ないといういで立ち。足元が映っていないがどんな靴を合わせていたのか気になるところだ。

 

・タイの小剣ずらし

ベージュスーツのネクタイに注目していただきたい。小剣(ネクタイを結ばず1本にした時の小さい方)をわざと長くたらし先をベルトレスのパンツにインしている。日本では賛否(どちらかというと否)ある着こなしだがアニエッリの手にかかると粋に見えるのはなんとも不思議なものだ。

 

今度は腕時計の仕方である。シャツのうえからそのまま腕時計をはめている。アニエッリ曰く、「多忙な私は時間を見るのにいちいち袖をまくるのが煩わしい」との事。ここまで忙しいジャンニがヘリを飛ばしてまでユーヴェのトレーニンググランドに足を運んでくれたのは感謝でしかない。

 

・ボタンダウン外し

スマートフォンでご覧の方は是非とも拡大して見ていただきたい。先日紹介したボタンダウンシャツ記事の中であえてボタンを外すテクニックをご紹介した。このテクニックはジャンニの18番だ。これによって襟元に柔らかなニュアンスを付け加えることができる。これは職種によってではあるが是非とも取り入れたいテクニックだ。

 

・スーツにブーツ

わたしが一番好きなジャンニ・アニエッリのスタイルだ。ストライプのスーツにレースアップブーツ(それもスエードでかなりカジュアル)を合わせてカジュアルダウンしたこのスタイル。(足を悪くされていてこういったブーツを履かれていたという説もる)ネクタイはおそらくカジュアルなウールのチェックタイ。このドレスとカジュアルのミックス感やバランス感覚がジャンニ・アニエッリスタイルの真骨頂だ。

 

いかがだろう。ジャンニ・アニエッリの伝統的なスタイルに彼ならではのアレンジや遊び心を加えたスーツの着こなしは今でも多くの人を魅了している。下記にファッション誌のリンクを張るので興味のある方はご覧いただきたい。

 

 

the letter “J"

ジャンニがフィアットを世界の名だたる企業に押し上げた情熱と野心は次世代のアニエッリにも脈々と受け継がれている。現会長のアンドレアは、エンブレムに代わる文字通り革新的なロゴを発表し世界中から関心を集めた。

 

この”J"の文字が印象的な新たなロゴは、ジャンニのある有名な言葉を思い起こさせる。これこそアンドレアがこのロゴを作った理由だからだ。

 

 

昨今、ユヴェントスはクリスティアーノ・ロナウドの獲得などかつてない拡大路線を歩んでいるように思える。そんな性急な変化に戸惑いを覚え、クラブの将来に期待とちょっとした不安を抱えている人も多いだろう。しかし、近年サッカー界ではイタリアに限らず海外資本の流入が幅を利かせる中、イタリアきっての名家であるアニエッリ家とともに歩むことが出来る我々は本当に幸せなサポーターではないだろうか。私はそんなアニエッリ家とユヴェントスの歩みをこれからも見守ってゆきたい。そして、いずれ世界中で"J"の文字がユヴェントスを思い出させられるアイコンになる事とを願ってやまない。

 

(了)


【written by kassi】

ユベントスファンになったきっかけは、「祖母がミランのユニと間違えてユベントスのユニを買ってきたから」。箱推しではあるが好きな選手はボヌッチ。初観戦は2018-2019で、ユベントスの他には靴磨きを趣味を持つ。Twitterでは「#酒チェスニー」のハッシュタグでもお馴染み。

noteでもコラムを執筆中(今回は転載させて頂きました)